第1章 碧に吸い込まれる
「あら? まだお化粧途中なの? ……そうだ! それの続き、私にやらせてくれない?」
「お、奥様!?」
「心配しなくても大丈夫、私だって毎朝やってるのよ? ほら、真ちゃんも立って! 私の部屋でやりましょっ」
ㅤ考える隙も与えずに早口で捲し立てた彼女は、私の腕を掴み先輩達の制止を振り切って、私を部屋から連れ出した。
「ふふっ、悪い事しちゃったな。後で謝っておかないと」
ㅤそう言った彼女だったが、一切悪びれる様子も無く私の腕を掴んだまま、何処かに向かって足を進める。
どうやら彼女は美しい見た目に反して、相当やんちゃで天真爛漫な性格をしているようだ。
「真ちゃんもごめんね? どうしても二人っきりで話したくて。大丈夫! メイクは完璧にこなすから!」
「は、はぁ……」
ㅤ予想外の事が立て続けに起こり瞠目する私は、彼女の言葉に気の抜けた返事を返す事しか出来なかった。
◇◇◇
「──…貴女には本当に感謝してるの」
「……え?」
ㅤルイ君のお母様の部屋であろう場所まで連れてこられた私は、有無を言わさずドレッサーの前に座るように促されて、鏡を通して彼女と視線がぶつかった。
ㅤ彼女は目尻を下げて一度微笑んだ後、再度優しい声音で話始める。
「ルイったら、真ちゃんと出会ってから目に見えて明るくなって、この間の旅行中も貴女の話ばっかりしてたのよ」
「そ、そうなんですか?」
「きっとルイにとって、家族と同じくらい貴女の事が大切なのね」
ㅤ「もしかしたらそれ以上かも」と、言葉を続ける彼女に、私は途端に顔に熱が集まっていくのを感じた。
(やばい、照れる)
ㅤなんとなく懐かれてるような気は薄々感じ取っていたのだが、実際に言葉にされると込み上げてくる物があって、口角が上がるのを必死に堪える為に奥歯を噛み締める。
「あら、メイク殆ど終わってたのね。んーと、じゃあこれだけ塗らせて?」
ㅤそう言った彼女の手には、一つのグロスが握られていた。
ㅤ鏡を遮る様に身体を動かし、顔を近付けて私の顎に優しく触れた彼女の指先に意識を向ける。
「うん。完璧」
ㅤ満足げにそう言った彼女は、身体を移動させ再度鏡越しに私を見る。
ㅤ私も同様、鏡に目を向けた。
「……っ」