第1章 碧に吸い込まれる
「真ちゃん。私達の方からも……、本当にありがとね」
ㅤ面と向かって礼を言われて照れ臭い気持ちになった私は、落ち着かせるために首を一撫でしたが、嬉しさを隠しきれずについ、へへッ、という照れ笑いが漏れ出た。
「それはそうとデートよデート! とびっきりお洒落して行かないとね!」
「お、おしゃれ?」
ㅤ話を戻した先輩の言葉に、素っ頓狂な声で反芻した私を、先輩達は信じられない物を見る様な目で私を凝視した。
「えっ、だってデートよ?」
「だからデートではっ!」
「いやいやいやいや、この際デートかデートじゃないかは重要では無いわ!」
「そうよ! 浴衣を着てお化粧して行けば、きっとルイ様だって喜んでくれるわ!」
(……ルイ君が喜ぶ?)
ㅤ先輩達の勢いに圧倒されていた私だったが、ルイ君が喜ぶという言葉を耳にした途端、思考が鈍り始める。
「ゆ、浴衣ですか……?」
「そう! ……もしかして持ってない?」
「はい……」
「確かお父さんと二人きりだもんねぇ、着付けとかは難しいかぁ」
──…きっと私は、同世代の女の子よりも比較的、そういう物から縁遠い人生を送ってきた方だろう。
ㅤ仕事も、慣れない家事も一生懸命こなそうとする父に対して、子供ながらに遠慮していたのだ。
ㅤ憧れる事はあっても、それをわざわざ口にする事は無い。友達とお祭りに行った時も、周りは浴衣を着てる中、一人だけ動きやすいからという、強がりとも取れる理由を並べ立て、私服で参加した事もあった。
(でもそうか……、浴衣……着てみたいな)
ㅤふとそう思った私の、僅な変化を感じ取ったらしい先輩達は、高らかに告げた。
「水臭いわ真ちゃん!」
「そうよ! こういう時こそ私達に頼って欲しいわ!」
「へ……?」
「そうだ! デート前にここに皆で集まりましょ!」
「それ良いわね! 娘のお古だけど可愛い青の浴衣があるの! きっとルイ様と並べばバッチリお似合いよ! 真ちゃんにも似合うわ!」
「じゃあ私はお化粧してあげる! とびっきり可愛くしちゃうんだから!」
「着付けなら私に任せて!」
ㅤ次々と声が上がり私を差し置いて盛り上がる先輩達に、小さく「だからデートでは……」と訂正の声を漏らすが、その声が拾われる事は無かった。
◇◇◇