第1章 碧に吸い込まれる
ㅤ待ち望んでいた声が聞こえ素早く目線を上げると、真さんが此方に向かって走ってくるのが見えた。
「……真さん、ただいま」
ㅤ先程は沈んでいた感情が途端に浮上していくのを自覚して、あまりの単純さに我ながら呆れてしまう。
(今日返して貰ったテストが満点だったんです)
(同級生に話し掛けられても、いつもより沢山喋る事が出来て……)
(そうそう、体育の授業で自己新記録が出たんですよ)
(図書室で見付けたファンタジー小説が凄く面白くて、貴女にも読んで欲しくて……)
ㅤ真さんに話したい、伝えたい事があまりに多過ぎて、次から次へと湧き出てくる言葉達を窘めるのに必死だった。
ㅤ僕と土田さんの元まで走ってきた真さんは足を止めた後、呼吸を整うのを待たずに話始める
「っは、ハァ、ルイ君…申し訳、無いんだけどッ、ハァ、先に部屋で、待っててもらっても、っいいかな?」
「え?」
「終わったらすぐ行くからさ、待っててッ! …土田さんっ! 梅さん見ませんでしたか?! 探しても見当たらなくて!」
ㅤ忙しなく僕にそう伝えた後、真さんは視線を僕から土田さんに移した。
ㅤ土田さんも最初は困惑した表情を見せたが、真さんの切迫した様子に一大事だと思ったのか、特に理由を聞き出す事なく真さんの質問に答える。
「確か今日は一日裏庭の方の手入れをすると仰っていましたので、多分そちらに……でも時間も時間なので、もう帰宅してしまったかも……」
「ッ……ありがとうございます!」
ㅤ土田さんの言葉を聞くや否や慌ただしく礼を告げた後、真さんは早急に裏の戸口に向かっていった。
ㅤそんな真さんを呼び止める様に土田さんが声を投げ掛ける。
「あッ! 久我さん、私も行きます!」
ㅤ土田さんが僕の方を見る。
「ルイ様、申し訳御座いませんが私も様子を見てきます。ルイ様は先に自室にお戻り下さい」
ㅤ早口で僕にそう告げると、土田さんは大急ぎで真さんの後を追い掛けていった。
ㅤ遠ざかっていく後ろ姿を眺めながら、嵐の様な出来事に僕は呆然と立ち尽くしていた。
(……真さん、凄く焦ってたな…何があったんだろう……)