第1章 碧に吸い込まれる
ㅤ見送りに来なかった事がそれ程までに嫌だったのか、ルイ君がここまで露骨に感情を表に出す様を初めて見た私は、恐る恐るルイ君の名を呼ぶ。
「……真さん」
「は、はい……」
ㅤいったい何を言われるのか全く予想が付かず、多少つっかえながらも返事を返し、ルイ君の言葉を待つ。
「……いってきます」
「へっ? い、いってらっしゃい……?」
ㅤ辿々しくそう返すと、ルイ君は満足げな顔を私に向けた後、踵を返して玄関の方に向かっていった。
(……??? なんだったんだ…今の……)
ㅤまさか本当に時間になっても見送りに来ない私を探しに来て、顔を会わせても“いってらっしゃい”の言葉を発さなかった私に分かりやすく不満げな顔を向けていたというのか。
ㅤそして欲しかった言葉を受け取ったルイ君は、まるで花が咲いたかの様な笑顔を私に向けてくれたと……。
ㅤもしそれが本当なら、それはあまりにも……、
「……か、」
(可愛すぎやしないか……!?)
◇◇◇
ㅤ結果その日一日私は、ルイ君のあまりの愛らしさに気を引き締めていないと仕事中も頬の緩みを抑える事が出来なくて、普段と仕事内容は変わらない筈なのに、いつもの倍以上の疲労が溜まった様な気がした。
(あの時のルイ君、本当に可愛かったなぁ……ちょっと前の出来事なのに、まずいな……未だに顔がにやけちゃう)
ㅤ口角が上がりそうになる両頬を手で押さえ、どうにかそれを阻止する。
ㅤ端から見ると挙動不審で怪しく見えるだろうが、これは仕方のない事だ。
(そう、これは仕方ない。強いて言えばルイ君が可愛すぎるのが悪い)
ㅤルイ君が聞いたら卒倒してしまいそうな暴論を心中で唱えながら、漸く歩き慣れてきた長い廊下を進んで行く。
──因みに今は夕方。
ㅤ日課になりつつある、学校から帰ってくるルイ君をお出迎えするという大事な仕事が残っている。
(……なんてったって私がお出迎えしないと、ルイ君が臍曲げちゃうもんね!)
ㅤ人間とは単純な生き物で、避けられていた時の記憶はとうの昔に抜け落ちて、今の私は素直なルイ君に夢中だ。
(……ん?)