第1章 碧に吸い込まれる
ㅤようやっと我に帰った私だったが、この時点でルイ君の姿を確認する事は叶わず、漸く訪れた会話のチャンスを無下にしたという事実に気付き、途端に後悔の念が襲う。
(……やっちゃったー!)
ㅤあまりの不甲斐なさに両手で頭を抱え、その場に膝をつく。
(折角……折角ルイ君が勇気を出してくれたっていうのに……)
ㅤ数秒間その体勢のまま項垂れた後、先程起こった出来事をもう一度思い返す。
(…でもどうして急に……どんな心境の変化なんだろう……)
ㅤ昨日までは顔を合わせた瞬間、脱兎の如く私から遠ざかり、夕方だって時間になっても部屋に帰って来る事は無く、理由はハッキリとしないが、私と顔を会わせるのが嫌なのだろうという事はおおよそ見当がつく。
(もっと時間がかかると思ってたけど……)
──今の自分に冷静な判断が出来ているとは到底思えない。
ㅤそう分かっていても、期待するのを止められない。
(でも、もしかしたら……)
──ルイ君と親密になれるのはそう遠くない未来なのかもしれないと、直感の様な前触れを私は予感していた。
◇◇◇
──そこからの展開は早かった。
ㅤ元々ルイ君だけが避けていたという事もあり、それをやめた今、顔を合わせる機会が格段に増えた。朝、“おはよう”と言葉を掛けると、か細いながらも挨拶を返してくれる様になり、学校から帰ってきたルイ君に“お帰りなさい”と言えば、一呼吸置いてから“ただいま”と応えてくれる。
ㅤこれを聞いた人は当然の事だろうと思うかもしれないが、これは私とルイ君の間ではとても大きな進歩だった。
──この間なんて……、
◇◇◇
(ん~…もうちょっとなんだけどなぁ……)
ㅤある朝、私は廊下の窓ガラスの汚れと闘っていた。
ㅤそのときの私はルイ君が登校する時間になっても気付かない程、あまりに熱中していた。
ㅤそんな私を探しに来たルイ君が真後ろに立っていた事にも気が付かなかった。
「……真さん?」
「……あれ? ルイ君? あっ、もう登校する時間か!」
ㅤルイ君に声を掛けられて漸く掃除する手を止めた私を、ルイ君は怪訝そうな面持で見つめてくる。
「……ルイ君?」