第1章 碧に吸い込まれる
──誰も、傷付けない人になりたい。
ㅤ僕は拳を強く握り、そう願った。
◇◇◇
──次の日。
「ん~~~! 今日も良い天気だなぁ」
ㅤいつもの様に庭の掃き掃除を任された私は、朝日を浴びながら大きく背筋を伸ばす。
(……今日は会えるかなぁ)
ㅤあの後、思う存分落ち込んで吹っ切れた私は、あれ以降もほんの少しだけ猫を堪能した後、満足してルイ君の部屋に向かった。
ㅤしかしその後、部屋の前で待っていてもルイ君と遭遇する事は無く、偶然通り掛かった先輩メイドさんに聞いてもまだ部屋に帰って来ていないと言うし、結局終業時間を迎えてしまった私はすごすごと家に帰ったのだった。
(……まあ、焦る必要は無いしな)
──そう、焦る必要等無い。
ㅤルイ君が慣れるまで気長に待てばいい。
ㅤその思えるようになった私は、清々しい気分のまま思考を掃き掃除に集中させる。
──…数十分後、始めより幾分か綺麗になった庭を数秒眺めて満足げに息を吐いた私は、そういえば……と脳内で呟く。
(……そろそろルイ君が学校に行く時間だな)
ㅤ竹箒を掃除用具入れに戻して、この後の事を思案する。
(……お見送りしようかな)
ㅤそう思い立った私は、用具入れの扉を閉めた事を確認すると、玄関の方に続く廊下に向かおうと後ろを振り返る。
「あっ」
「えっ」
ㅤするとそこには、昨日と同じ様に鞄を抱えながら身を隠すルイ君が此方を眺めていた。
「お、おはよう!」
ㅤ私は反射的に声を掛けるが、『また逃げられるかな』と、瞬時に諦めの感情が滲む。
──しかし、その考えは裏切られる事となる。
「…お、おはようございます……」
(……えっ)
ㅤまさかルイ君が挨拶を返してくれるとは露程にも考えていなかった私は、思い掛けない展開にルイ君を凝視したまま呆然としてしまう。
ㅤルイ君は少し頬を染めながら、いたたまれなくなったのか、踵を返して早足で玄関方面に向かっていった。
「……」
ㅤルイ君の姿が徐々に遠ざかっていくが、半ば放心状態で思考も身体も完全に停止してしまっている今の私には、ルイ君を引き留める事は出来なかった。
(……ハッ)