第19章 第31層~第40層 その1 "Chase"
動かなければならなかった、と感じた時既にボスは拳を振り上げており回避は間に合わない
防御姿勢を土壇場に取り、拳が来るのを待つ
だが拳は来なかった
姿勢を崩さず視線だけを向ける
その先にいるボスの右拳が空中で止まっていた
そこに光る糸―エリーのチャクラムだ
私に迫るであろう拳を抑え、ボスを留めている
直後、ボスが後ろから押されるように身体を反らせた
「シンジ、頼む!!」
「任せろ!」
ボス越しに響く声―部長とシンジ先輩だ
一人突っ込んだシンジ先輩はボスの背中へ掌底を撃ち込む
それは吹き飛ばす為ではない、押し出す為だと理解したのはそのすぐ後
ボスの胸を貫いて鏃―槍が姿を見せた
槍の中程に心臓が見え、狙えと言われているようだった
「んの―!」
逆転への一撃
無造作に、しかし狙いは外さぬように剣を突き上げる
槍だけでなく剣にも貫かれた敵の心臓は耐えられないとばかりに血を噴き出す
私は返り血も気にせず立ち上がり、更に剣を押し込み、押し込み、押し込み―
「抜け!」
「はい!」
シンジ先輩の合図に合わせて私は剣を、シンジ先輩は部長の槍をボスから引き抜く
「エリー!!」
「了解」
そして次の合図
刺さったものが引き抜かれ、穴の空いた心臓
そこへトドメを刺すように矢を放つ
迷いなく真っ直ぐにボスの心臓へ吸い込まれた矢
その瞬間に、ボスが爆発した
それで倒したのか直後にいつもの通り砕け散ったが、今しがたの爆発で私とシンジ先輩は周囲に吹き飛んだボスの肉片を一身に受けてしまった
身体中に付着する腐食の塊
空間が元の迷宮区の意匠に戻ると同時にそれらも消えたので一見何も問題はない
だが、一度付いた感触は中々拭えない
それが不快感なら尚更だ
「ん、特別製は火薬付き」
幸い誰が戦犯であるかは確実に、間違いなく、狂いなく理解できる
(エリー…後で覚悟といて…)
怨み言のような覚悟を決めながら三十一層をクリアしたのである