第1章 1
簡単なスケールや跳躍、ちょっとした曲のフレーズなど、様々なジャンルを想定して彼は楽器を操る。
音色も実にセクシーで華やかだ。
レザーのリガチャーを使っているからか、ギラギラした感じではないが、上品な色気を感じる音だ。
「いいリードだね。アタリを引いたみたいだ」
「レゼルヴは特に繊維が密集しているものを集めて作ってるらしいからアタリが多い、っていう話はよく聞くね」
「これはとっておこうかな」
マウスピースからリードを取り外し、軽く水気を切ってリードケースにしまう。
いつも使っているであろうリードをリードケースから取り出し、リードを湿らせる。
いつものリードでリガチャーの試奏を進めていると、翔くんがいつの間にか近くで聞いていた。
「へぇー。リードを押さえる金具?を変えるだけでずいぶん音が変わるんだな」
「押さえておく部分だからこそだと思うよ。発音源にダイレクトに触っているからね」
翔くんにそう解説すると、彼は納得した顔をした。
「子羊ちゃん、もう少し悩むから、そこのおチビちゃんの頼み事を聞いてあげたらどう?」
「あれ、いいんですか?」
「おチビちゃんを待たせるのも可哀想だし、なによりおチビちゃんが帰ったらその後レディを独り占めできるからね」
「チビっていうなよ!」
そうですか、私は呆れながら翔くんの来店理由を聞くことにした。
「だそうなので、翔くん。今日はどうしたの?」
「あぁ。そろそろ弓の毛がボロボロになってきたから張り替えてもらおうと思って。一週間くらいで届くよな」
「はい。そうだね。…いつもごめんね。管楽器とかギターベースならリペアできるんだけど…」
翔くんはヴァイオリンのケースから弓を出して私の手に握らせた。
よほど使い込まれたのだろう。弓の毛が随分と切れているのが見える。
「気にすんなって!俺はただここに物買いに来てるだけじゃねーんだから!ここから修理に出してるところもすごくいい仕事してるし、なによりこうして涼子さんとか余語さんの顔見ながらしゃべるのが楽しいから来てんの!」
「…そっか。ありがと」
私は少し晴れやかな気持ちで、預かり伝票を書いた。