第1章 1
「いいよ。君がそんなに嬉しそうにオススメしてくるなら試しに買ってみようかな。ちょうど同じリードに飽きてきたところだったんだ。レゼルヴの3を二箱、あとはいつものバンドレンのトラディショナルの3半を3箱。もらえるかな」
この変り身の速さである。
正直ついていけない。
「あ…は、はい。ありがとうございます…」
私はいそいそとお客様用の小さなカゴに、言われたリードの箱を並べた。
「つ、次はリガチャーだね。どんな感じのものを探してるの?」
「そうだな…。可愛い作曲家さんが書いてくれた曲がバラードだったから、それに合わせてあまり華やか過ぎない音が出るリガチャーが欲しいんだけど…」
神宮寺氏が顎に手を当ててどんな材質がいいのか悩んでいるようだ。
「大丈夫。それだけ聞けたら十分です。ちょっとまっててね。使うマウスピースはセルマー…だったよね?」
私はガラスケースの鍵を開け、リガチャーを幾つか見繕ってリペア台の上に並べた。
「レディは俺のマウスピースを覚えててくれてるんだね。頼もしい店員さんだ。 …ところでコレは、レザーかい?」
彼はそう言って物珍しそうにリガチャーをつまんで眺めた。
「そう。レザー。金属製のものに比べて、随分まとまりのある音になる印象があるかな。
材質が柔らかいから…なのかなぁ?そこら辺はよくわからないんだけど。
それぞれ少しずつ吹奏感が違うと思うから、良かったら試してみて」
「じゃあ遠慮無く。ついでにレゼルヴも試していいかな?」
神宮寺氏はそう言いながら楽器のケースを開き、ストラップを首にかけた。
「うーん…ほんとはいつも使ってるリードで試して欲しいんだけど…」
「大丈夫。新しいリードが気になるだけさ。ちょっと試したらすぐにいつものリードで試奏するよ」
「うん。それならいいよ。ごゆっくり」
彼はさっそくレゼルヴの箱を開けて、適当に引き出した一枚を口にくわえ。リードを湿らせながら楽器を手早く組み立て始めた。
リードをくわえているだけなのになんだかセクシーなのは、彼の天性のオーラか何かだろうか。