第5章 5
「はい、お待たせしました」
慎重にシンプルなサックスケースをカウンターに置く。
「お会計は…」
そういいながらカルトンをみると、そこには諭吉さんが3人。
いつかみた光景だ。
明らかに多い。
「はい、3万円のお預かりですね」
私はさっと代金を受け取り、カルトンにお釣りをもどし、レンの前に差し出した。
「お釣りはいらないよ」
「困ります」
「頑張ってくれた涼子へのチップだよ」
「違算になって商店街への報告が面倒なのでお釣りは絶対です」
「お堅いねぇ、涼子は」
レンは楽しそうに笑う。
「あのねぇ…」
「さぁ、そろそろ閉店だろう?はやく終わらせて、デートに行こう」
「一ヶ月前からの予約だし、しっかり準備してあるの?楽しみだなー」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「何を?」
レジの金額の点検を始める。
店長が店内の電源類がついている品を次々と落として行く。
「あの日から3日後、俺が仕事の長期ロケでこっちに帰ってこれないから今日をデートにしたって」
「へ?聞いてないけど…私の予定を配慮してって聞いたような」
吐き出された長いレシートを確認して、用紙に貼り付ける。
「それも理由の一つではあったけどね…しばらく顔を出せなくなるからさみしくないように、とおもって楽器を預けたつもりだったんだけど…。そうか、俺としたことがそんな初歩的なミスで涼子を泣かせてたってこと…か」
やってしまった、とレンは手を額にあてた。
「うわー。レンでもそんなミスするんだね。ちょっと安心した」
くすくす笑っていると、レンが俺も人間だしね…とひとりごちた。