第4章 4
ふぅ、と息を吐き、丁寧にケースを開ける。
ふわりと神宮寺レンの残り香が鼻をくすぐった。
『不思議な人だ』
『…しばらく、こうしてて』
『恋を、してしまったかもしれないんだ』
カランカラン…
「こんにちは。今いるのは涼子さんだけで…涼子さん?」
来客を告げる乾いたベルは、あっけに取られている一ノ瀬くんを招き入れていた。
「どうしたんですか。あなた、涙が…」
「え?」
指摘されて頬に触れると、ひた、と水の感触がする。
「あ、あれ?おかしいな…なんで、こんな…」
拭っても拭っても、涙はあふれるばかりだ。
「ごめん、一ノ瀬くん。こんなんで悪いけど、何か用かな?」
「何か用ってあなた…。泣いてる人を目の前にものを頼めると思ってるんですか」
「そりゃ…難しいよね…」
私はそっとサックスのケースを閉じ、椅子に腰掛けた。
「レン…ですか」
「わかっちゃうか…一ノ瀬くんは察しがいいね」
すごいや、と感想を漏らすと、盛大なため息をつかれた。
「こんな状況でわからない人がいますか」
「あー…それもそうかもねー。本人の楽器そこにあるし…」
シュンと猫背になってしまう。
あーあ!と私は大きく声をはき、のびをした。
「やんなっちゃうね!どうせからかわれてるだけなのにさ!ムカつくー。超ムカつくから超完璧に調整してやるんだから。『レディの調整じゃないとダメなんだ』って言わせるくらいのリペアしてやるんだから!」
「…あなた、素直じゃないですね」
「私はいつだって素直です。三度の飯より好き楽器が好きな楽器バカですー」
「そういうところが素直じゃないと言ってるんです」
カランカラン…