第15章 死穢八齋會
「何がだい?」
「そんなことを言われたら、何も言い返せなくなるじゃない」
かすかな笑みを浮かべる。
けれど、いつものような余裕はなかった。
オールマイトは、彼女を見つめた。
「私は、君を責めたいわけではないんだ」
「分かっているわ」
「本当に?」
「……ええ」
彼女は、ようやく煙草を携帯灰皿に押しつけた。
火が消える。
紫煙が途切れ、二人の間に夕方の冷たい空気が戻ってきた。
「でも、私は公安を辞めるつもりはないわ」
その言葉だけは、迷いがなかった。
「これからも任務があれば受ける。必要なら、潜入もする。……それが私の選んだ生き方だから」
オールマイトは、すぐには答えなかった。
彼女の意思を尊重したい。
それは本心だった。
だが、彼女の選んだ道が、彼女自身を傷つけるものだとしたら。
何も言わずに見守ることが、本当に正しいのだろうか。
「……分かった」
やがて、彼は静かに頷いた。
「君の意思を、無理に変えようとはしない」
彼女は、わずかに目を見開いた。
「ただし、ひとつ約束してほしい」
「何?」
「君がどれほど危険な任務に就いても、どれほど強くても……自分自身を、使い捨ての道具のように扱わないでくれ」
彼女の表情が、ほんの一瞬だけ揺れた。
「……私は、そんなつもりは」
「本当にそう思っているのなら、なおさらだ」
オールマイトは、まっすぐに彼女を見つめた。
「君が守ろうとしているものの中には、君自身も含まれているはずだ」
彼女は答えなかった。
何かを言いかけて、結局、唇を閉じる。
いつもなら、すぐに言葉を返せたはずだった。
どんな相手の問いにも、冷静に答えを返すことができた。
なのに、今は何も言えなかった。
自分自身を守る。
そんなことを、彼女はどれほど真剣に考えてきただろう。
任務を成功させること。
情報を持ち帰ること。
対象を守ること。
必要なものを優先し、不要なものを切り捨てる。
そうやって、今まで生きてきた。
自分の感情も、恐怖も、迷いも。
任務の妨げになるのなら、後回しにしてきた。
「……わかったわ」
ようやく出た返事は、それだけだった。
オールマイトは、それ以上を求めなかった。
「それでいい」
二人の間に、静かな時間が流れた。