第15章 死穢八齋會
緑谷は一瞬だけ目を見開き、それから、いつもの人懐っこい笑みを浮かべる。
「ただいま、おもちさん」
その何気ないやり取りが、胸の奥に小さな痛みを残した。
今日、自分は彼らを欺いた。
壊理を救うために動きながら、緑谷たちには敵の一員だと思わせた。彼らの目の前で、彼らの知らない顔を使い分けた。
そして今は、何も知らないクラスメイトとして、彼らの帰りを迎えている。
どちらも、紛れもなく自分自身だ。
それなのに。
二つの自分を隔てていた境界線が、少しずつ曖昧になっている気がした。
彼らは知らない。
あの地下施設で、彼らのすぐそばに自分がいたことも。
壊理がどんな目で自分を見ていたのかも。
そして、彼らが救い出した少女のために、自分が何をしていたのかも。
何も知らないまま、緑谷たちは寮へ帰ってきた。
ただ一つ、彼らの中に残っていたものがあった。
「そういえば……」
ガトーショコラを飲み込んだ緑谷が、ふと思い出したように口を開いた。
「公安に呼ばれた時の話なんだけど」
その言葉に、周囲の視線が集まった。
「公安?」
「うん。今回の事件の前に、ヒーローの皆さんが警察と一緒に公安に召集されたんだ。その時に、ちょっと気になる話を聞いて……」
緑谷は記憶をたどるように、視線を宙へ向けた。
「公安の人が言っていたんだ。有能な陰の立役者が、新しく入ってきたって」
その瞬間、おもちの指先が、手すりの上でわずかに止まった。
けれど、顔には出さない。
「陰の立役者……?」
轟が聞き返す。
「うん。詳しいことは教えてもらえなかったんだけど、今回の作戦で重要な役割を担った人物らしいんだ。表には出ないけれど、かなり優秀な人だって」
緑谷はそこで一度言葉を切った。
脳裏に浮かんでいたのは、地下施設で見た金髪の女性の姿だった。
壊理の手を引き、こちらへ送り出した女性。
オーバーホールのそばにいながら、壊理が驚くほど懐いていた女性。
そして、あの場から忽然と姿を消した女。
「それで……壊理ちゃんのことなんだけど」
緑谷の表情が、少しだけ真剣になる。