第15章 死穢八齋會
完璧だった。
いつもどおりの受け答え。いつもどおりの態度。公安の人間として、求められる役割を何一つ損なっていない。
それなのに。
胸の奥には、冷たいものが沈んでいた。
青山優雅。
まだ、彼が内通者だと決まったわけではない。名簿に名前があっただけで、すべてを疑うべきではない。自分の憶測が間違っている可能性だってある。
それでも、もし彼が本当に内通者なのだとしたら。
この情報を上司に渡した瞬間、公安の捜査対象になるかもしれない。
調査が進めば、彼の素性だけでなく、彼が置かれている状況や、これまでの行動も明らかにされるだろう。彼が何を考え、なぜそのような立場に置かれたのか。その事情を知る前に、彼は裏切り者として裁かれてしまうかもしれない。
――それを、恐れているの?
自分の中の声が、冷たく問いかけた。
彼を守りたいのか。
それとも、仲間を疑わなければならない現実から目を背けたいだけなのか。
公安の人間として、取るべき行動は明白だった。
証拠を隠さず、すべてを報告する。
それが組織の一員としての責任であり、真実を明らかにするための原則だ。
彼女は、その原則を誰よりも理解していた。
理解していたからこそ、今、自分が何をしたのかも分かっていた。
公安を欺いた。
初めてだった。
これまで彼女が重ねてきた嘘は、すべて任務のためだった。潜入先で身分を偽ることも、敵に従うふりをすることも、必要な情報を引き出すためなら迷わなかった。
けれど、今回は違う。
隠した相手は敵ではない。
自分を信頼し、任務を託してくれた上司だった。
「……以上で報告は終わりです」
彼女は椅子から立ち上がり、一礼した。
「ご苦労だった。引き続き、よろしく頼む」
「はい」
扉に向かって歩き出す。
一歩、また一歩。
足取りは乱れていない。
背筋も伸びている。
誰が見ても、任務を終えた優秀な公安の人間だった。
けれど、扉に手を掛けた瞬間、彼女はほんのわずかに動きを止めた。