第15章 死穢八齋會
違う。
あれは、任務だった。
自分は公安の人間だ。感情に流されず、目的を見失わず、必要ならば非情な判断を下す。そうやって生きてきた。
なのに、どうして。
胸の奥に、重く濁ったものが広がっていく。
緑谷たちの顔が浮かんだ。
自分を疑い、敵だと認識した彼ら。
緑谷出久。通形ミリオ。
壊理を救うために命を懸けた少年たち。あの子のためなら、自分の身がどうなろうと構わないとでもいうように、迷わず前へ進んでいった。
彼らは知らない。
自分もまた、壊理を救うためにここにいたことを。
知られてはいけなかった。
彼らに正体を明かせば、潜入捜査は破綻する。壊理の救出が成功する保証もなかった。だから、敵の側に立ち、彼らを欺き続けるしかなかった。
それが最善だった。
分かっている。
頭では、理解している。
それなのに。
「……私は、何をしているの」
こぼれた声は、夜の雑踏に紛れて消えた。
嘘をついた。
壊理に優しく接したのも、知崎の前で従順に振る舞ったのも、
緑谷たちに何も伝えなかったのも。
すべて、任務のため。
そう言い聞かせてきた。
けれど、嘘を重ねるたびに、どこまでが演技で、どこからが本心なのか、自分でも分からなくなっていた。
壊理を守りたいという気持ちは、本物だった。
緑谷たちを傷つけたくないという気持ちも。
では、自分が掲げてきた信念は何なのだろう。
守るためなら、欺いてもいいのか。
救うためなら、相手の心を踏みにじってもいいのか。
正しいことをするために、間違ったことを重ねていく。その矛盾を、これまで何度も自分の中で処理してきたはずだった。
今までは、迷わなかった。
迷う暇などなかった。
それなのに、今になって。
指先が震えた。
彼女は立ち止まり、ゆっくりと手を握り締めた。爪が掌に食い込むほど強く、拳を固める。
震えは、すぐには収まらなかった。
「……馬鹿みたい」
自分を嘲るように呟く。
感情に支配されるな。
任務と私情を混同するな。