第15章 死穢八齋會
確証はない。
彼女は何も認めていないし、公安の人間だと名乗ったわけでもない。
それでも、彼は確信し始めていた。
公安が言っていた、陰の立役者。
死穢八齋會の内部に入り込み、誰にも知られず情報を集め、作戦を裏から支えていた人物。
その正体は――今、目の前にいるこの女なのではないか。
「……あんた、公安の……」
言いかけた言葉を、彼女は遮らなかった。
ただ、ほんのわずかに目を細める。
肯定も、否定もしない。
その沈黙こそが、ファットガムには何より雄弁な答えに思えた。
彼女は端末からデータを回収し、機器の電源を落とした。薄暗い研究所の明かりが、彼女の金髪に淡く反射する。
「その子、早く手当てを受けさせてあげてください。まだ、間に合うはずだから」
言葉だけは、ひどく自然だった。
目の前で人を撃ち殺した女と、同じ人物の口から出たとは思えないほどに。
ファットガムは腕の中の切島を見下ろし、それから再び彼女を見た。
「待ちぃ。あんたはどうするつもりや?」
「私は、私の仕事をするだけよ」
彼女は踵を返した。
「それじゃあ、失礼」
引き留める間もなかった。
彼女は薄暗い通路の奥へと歩いていく。足音は静かで、背中には一切の迷いがない。
ファットガムは、その姿をただ見送った。
敵なのか、味方なのか。
その問いの答えは、まだ彼女の口から聞いていない。
それでも、一つだけ分かったことがある。
彼女は、ただ知崎のそばにいた女ではない。
誰にも知られず戦い、誰にも知られず結果を残す。
そして、自分の正体を明かすことすら、任務のためなら惜しまない。
――間違いない。
公安が言っていた、陰の立役者。
その人物が、今目の前を通り過ぎていったのだ。
ファットガムは切島を抱え直し、彼女が消えた通路を見つめた。
「……えらいもんが、裏で動いとったんやな」
その声は、誰に聞かせるでもなく、静かな研究所に溶けていった。