第13章 ヒーロー仮免試験
厳しく、優秀で、誰よりも現実を知っていた上司。彼女から教わったことは数え切れない。
そして、その人が何を背負わされ、何を失ったのかも。
「もちろん、知っていますよ」
彼女は静かに答えた。
「だからこそ、簡単に引き受けるつもりはありません」
「……なら、さっきの返事は何だ」
「まだ答えられない、と言っただけです。引き受けるとも、断るとも言っていません」
そう言って、彼女はにこりと笑った。
「先生、私だって、そこまで聞き分けのいい人間じゃありませんよ?」
相澤は黙り込んだ。
確かに、彼女はいつも従順な人間ではなかった。表面上は穏やかで、相手の要求を受け入れているように見えても、肝心なところでは自分の意思を曲げない。
ただ、今回ばかりは相手が悪い。
公安委員会の会長直々の指示。しかも、彼女の過去を熟知したうえでの人事だ。そう簡単に覆せる話ではないだろう。
「……お前は、これからどうするつもりだ」
「どうしましょうねえ」
彼女は困ったように笑い、廊下の窓から外を眺めた。
「せっかく雄英で、普通の学生みたいな生活を送れているんですから。もう少し、このままでいたい気持ちはあります」
「だったら、そう言え」
「もちろん、言いますよ。ただ、相手が相手ですから。断れば終わり、という話でもないでしょう?」
彼女の声には、悲観も焦りもなかった。
まるで、少し面倒な仕事を頼まれたときのような口ぶりだった。
相澤は、その横顔をじっと見つめた。
「お前、怖くないのか」
「何がです?」
「自分の人生を、また公安に握られることが」
今度は、彼女もすぐには答えなかった。
窓の向こうでは、試験会場の片付けが進められている。先ほどまで必死に戦っていた生徒たちも、今頃は仲間と合格発表を待っているのだろう。
あの光景を思い出すと、胸の奥が少しだけ温かくなった。
「……怖いですよ」
彼女は、あっさりと認めた。
「でも、怖いからって、今から何もかも諦めるのも違うでしょう?」
相澤は目を細めた。
「私は、先生たちと過ごす時間が気に入っています。みんなと一緒に勉強して、くだらないことで笑って、失敗して、怒られて。そういうの、思っていたよりずっと楽しいんです」
「……」
「だから、これを手放すかどうかは、私が決めます」