第10章 神野区の悪夢編
そこに立っていたホークスは、いつもの人懐っこい笑みを浮かべていた。
「いやあ、オールマイトのお見舞いが終わったところでね。病院を出ようとしたら、君が屋上に向かうのが見えたもんだから」
「それで、わざわざ追いかけてきたわけ?」
「そういうこと」
彼女はそれ以上答えず、再び空へと視線を戻した。
タバコを指に挟み、ゆっくりと煙を吐く。
明らかに話すつもりはないという態度だった。
しかし、ホークスは帰ろうとしなかった。
「さっきのこと、謝るつもりはないよ」
「…………」
「だって、ホントのことでしょ?」
挑発するような口調。
彼女の指先が、ほんのわずかに止まった。
ホークスは、その小さな変化を見逃さなかった。
正直なところ、先ほどの指摘は彼自身も半信半疑だった。
任務を続けたい理由が、彼女の言うとおり合理性に基づくものなのか。それとも、知らず知らずのうちに芽生えた情なのか。
ただ、少しばかり揺さぶってみただけだった。
それなのに。
彼女の表情には、明らかな動揺が浮かんでいた。
ほんの一瞬。本人でさえ気づかないほどの、かすかな揺らぎ。
それだけで、十分だった。
「……へえ」
ホークスの笑みが、わずかに深まる。
「そっか。そういう顔もするんだ」
「黙りなさい」
「図星?」
「ホークス」
低く名前を呼ばれる。
普段なら、それだけで大抵の人間は口を閉ざすだろう。彼女の声には、相手を射抜くような鋭さがあった。
けれど、ホークスは引かなかった。
むしろ、彼女の反応を見れば見るほど、胸の奥にある感情が膨れ上がっていく。
嫉妬。
自分でも認めたくないほど、醜く、厄介な感情だった。
彼はずっと前から、彼女に惹かれていた。
初めて会ったときから、その美しさに目を奪われたわけではない。もちろん、それも理由のひとつではあったが、彼女の本質はもっと別のところにあった。
冷静な判断力。何事にも動じない胆力。誰にも弱みを見せず、どれほど追い詰められても自分の足で立とうとする強さ。
そして、その隙間から時折こぼれる、人間らしい感情。