第10章 神野区の悪夢編
戦場には、勝利の余韻と、いまだ消えない緊張が入り混じっていた。
オール・フォー・ワンの確保に動くヒーローたち。負傷者の救護に駆けつける医療班。崩壊した建物の陰から、次々と救助を求める声が上がっている。
その喧騒の中で、おもちは一人、オールマイトの前に膝をついた。
「オールマイト、少しだけじっとしていてくださいね」
「……君、まさか……」
オールマイトは、彼女の言わんとすることに気づき、目を見開いた。
「個性を使うつもりか?しかし、君自身も相当なダメージを受けているはずだ。まずは自分の身体を――」
「大丈夫です」
彼女は穏やかに微笑んだ。
「今度は、私があなたを守る番ですから」
その言葉に、オールマイトは何も返せなかった。
彼女はそっと手を伸ばし、彼の胸元へ触れた。
「――」
その瞬間、彼女の指先から淡い黄金の光がこぼれ落ちた。
光は水面に広がる波紋のように、オールマイトの身体を包み込んでいく。
傷ついた筋肉。損傷した組織。乱れた身体の機能。
彼女は、それらを一つひとつ見極めるように、意識を集中させた。
本来ならば、自然な回復を待つしかない深い損傷。専門的な処置を必要とする重傷。生命を脅かしかねない身体の異常。
それらに対して、彼女は命じていた。
――正常な状態へ戻りなさい。
――損傷を修復しなさい。
――この人の身体を、あるべき姿へ。
まるで身体そのものが彼女の命令を理解しているかのように、
黄金の光が傷口へと集まっていく。
血に染まった衣服の下で、損傷した組織が再生していく。
乱れていた呼吸が、少しずつ落ち着きを取り戻す。
青白かった顔色にも、わずかな血色が戻り始めた。
「……なっ……!」
近くで救護に当たっていたヒーローが、思わず声を漏らした。
「今、傷が……!」
誰かが駆け寄ろうとして、足を止めた。
目の前で起きている光景が、あまりにも現実離れしていたからだ。
つい先ほどまで、オールマイトは瀕死の状態だった。
誰もが、彼が生きていること自体を奇跡だと思っていた。長年にわたる戦いで負った傷に加え、オール・フォー・ワンとの死闘で身体は限界を迎えていたのだ。
彼女が手をかざしているだけで、その身体が回復していく。