第10章 神野区の悪夢編
そのとき
「……チッ」
短い舌打ちが聞こえた。
爆豪だった。
彼は腕を組み、険しい顔でモニターを睨んでいた。
けれど、その拳は強く握り締められている。
彼女が映った瞬間から、一度も画面から目を逸らしていなかった。
「かっちゃん……?」
緑谷がそっと声をかける。
爆豪は答えなかった。
画面の中の彼女は、上着の襟元を押さえながら、誰かの隣を歩いている。
いつもなら、あんな格好を見れば何かしら文句のひとつでも浮かんだだろう。
なぜドレスなんか着せられている。
なぜあんなに傷ついている。
なぜ、もっと早く助けに行けなかった。
考えれば考えるほど、腹が立った。
だが、それ以上に、生きていた。
彼女は、生きていたのだ。
「……クソが」
低く吐き捨てた声は、いつもの荒々しさとは少し違っていた。
「無事なら……さっさと、そう言いやがれ……」
最後の言葉は、誰にも聞こえないほど小さかった。
隣にいた轟だけが、ちらりと爆豪を見た。
何も言わなかった。
その横顔から、彼がどれほど安堵しているのか、十分に伝わってきたからだ。
緑谷は画面を見つめながら、胸の中で何度も繰り返した。
――よかった。
――本当によかった。
オールマイトが勝った。
彼女も、生きていた。
失われずに済んだものが、確かにあった。
歓声の絶えない街の中で、緑谷は涙を拭い、ようやく小さく笑った。
「……また、みんなで会えるんだね」
その言葉に、誰もが静かに頷いた。
彼女が帰ってくる。
いつものように、涼しい顔で教室に現れて。
何事もなかったかのように、笑って。
そして、また自分たちの隣にいてくれる。
今はまだ、彼女がどんな目に遭ったのかも、何が起きたのかも分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがあった。
彼女は、帰ってくる。
それだけで、彼らには十分だった。