第10章 神野区の悪夢編
ギャングオルカは何も尋ねなかった。ただ、彼女の前に立つオールマイトと、その向こうにいるオール・フォー・ワンを交互に見やる。
「話は後だ。まだ戦闘は終わっていない」
「ええ、分かっています」
彼女は上着の襟元を整え、顔を上げた。
つい先ほどまで、絶望に打ちひしがれていた少女の姿はない。
黒髪が頬を滑り、冷ややかな美貌が露わになる。涙の跡さえ、今では彼女の表情を際立たせる一筋の光のようだった。
その瞳には、黄金の輝きがかすかに宿っている。
オールマイトは、そんな彼女を見つめていた。
守りたいと思った。
この子だけは、自分の目の前で失いたくない。
だが今、彼は気づき始めていた。
彼女は、ただ守られるだけの存在ではない。
何度倒れても、自分の足で立ち上がろうとする。大切な人を失う恐怖に泣きながらも、その絶望を乗り越えて前を向く。
それが、彼女なのだ。
「……すまない、おもち」
オールマイトが、ぽつりと呟いた。
「君に、怖い思いをさせてしまった」
彼女は目を見開き、それからゆっくりと首を横に振った。
「謝らないでください」
優しい声だった。
「あなたが、私を守ろうとしてくれたことは分かってるから」
そして彼女は、オールマイトの隣へと歩み寄った。
「今度は、私にも守らせてください」
黄金の光が、再び彼女の指先に灯る。
その光はもう、暴走する力ではなかった。
彼女自身の意志に従い、彼女の身体に息づく力だった。
「あなたは、私の大切な家族ですから」
オールマイトの目が、わずかに見開かれた。
その言葉を胸に刻むように、彼は静かに頷いた。
二人の視線が、再び宿敵へと向けられる。
戦場の花嫁は、借り受けた上着をまとい、静かに微笑んだ。
その笑みは美しく、冷たく、そして――。
今度こそ、誰にも奪わせないという決意に満ちていた。