第10章 神野区の悪夢編
長い間、失われたままだったもの。
何度願っても、何度手を伸ばしても、決して応えてくれなかった力。
それが今、確かな感触を伴って、自分の身体になじんでいく。
彼女はゆっくりと右手を開いた。
指先に、小さな黄金の光が灯る。
「……戻った」
かすかな声が漏れた。
もう一度、手を握る。
力は消えない。
身体の奥底で、確かな存在が息づいている。
「私の個性……」
目の奥が熱くなった。
安堵が、静かに胸へ広がっていく。
もう、何もできない自分ではない。
大切な人を守るために、手を伸ばせる。
「……よかった」
その呟きは、誰に聞かせるでもないものだった。
だが、彼女のすぐそばにいたオールマイトには届いていた。
彼は振り返り、彼女の無事を確かめるように目を細めた。
「おもち……」
何かを言いかけた、そのとき。
「感動の再会に水を差すようで悪いが」
低く落ち着いた声が、二人の間に割って入った。
ギャングオルカだった。
彼は戦場の様子を警戒しながら、手にしていた上着を彼女の肩へそっと掛けた。
「まずは、それを着ておけ」
「……ありがとうございます」
彼女は一瞬、目を丸くした。
自分の姿を見下ろす。
純白のウェディングドレス。
裾は破れ、レースには土埃がこびりついている。戦闘の余波で乱れたヴェールが肩からずり落ち、華奢な鎖骨があらわになっていた。
戦場には、あまりにも不釣り合いな姿だった。
上着を肩に掛けられたことで、ようやく自分の格好に気づく。
むき出しになっていた肩は、冷気にさらされてうっすらと赤くなっていた。
「ずいぶん冷えているな」
ギャングオルカは眉をひそめた。
「無理をするな。個性が戻ったからといって、身体まで万全になったわけではないだろう」
「……そうですね」
彼女は素直に頷き、上着の前を合わせた。
大きな上着は、白いドレスをすっぽりと包み込む。ようやく肌を覆うものを得て、彼女は小さく息を吐いた。
「お気遣い、ありがとうございます。お借りしますね」
いつもの落ち着いた声音。
けれど、その瞳にはまだ涙の痕が残っていた。