第10章 神野区の悪夢編
――嫌だ。
――奪われたくない。
――私は、まだ……。
何かを思い出そうとする。
自分の個性のこと。
あの夢で見た、黄金の龍のこと。
水面と、赤い鳥居と、こちらを見つめていた不思議な存在。
けれど、記憶の輪郭は霧のように掴めない。
彼女の頸に触れた男の右手が、ゆっくりと力を込める。
オール・フォー・ワンの個性が、彼女の内側へと干渉し始めた。
「さあ……君の力を、僕に見せておくれ」
仮面の奥で、男が笑う。
彼女は、その手をただ見つめることしかできなかった。
自分の意志とは関係なく、何かが奪われようとしている。
恐怖に胸が押し潰されそうになる。
それでも、彼女の瞳の奥には、まだ消えていないものがあった。
絶望に沈みきることを拒む、小さな抵抗の火。
オール・フォー・ワンの右手から、彼女の内側へと何かが流れ込んでいく。
それは、彼が幾度となく経験してきた感覚だった。
他者の個性を奪い、自らのものとする。幾千、幾万と繰り返してきた行為。どれほど特殊な個性であろうと、どれほど強大な力であろうと、最後にはすべて自分の手中に収まる。
今回も、そうなるはずだった。
「……っ!」
オール・フォー・ワンの身体が、わずかに震えた。
流れ込んでくる力の奔流。
その規模と密度は、彼が予想していたものを遥かに超えていた。
個性の構造が複雑に絡み合い、ひとつの巨大な体系を形作っている。単純な攻撃や防御に留まらない。周囲の環境、他者の力、そして個性そのものにさえ干渉するような、異質な性質。
それでいて、底が見えない。
どこまでが力の全貌なのか、まるで把握できなかった。
「……見事だ!!」
仮面の奥で、オール・フォー・ワンの瞳が見開かれる。
「素晴らしい、素晴らしい個性だ……!」
歓喜が全身を駆け巡った。
長年、数え切れないほどの個性を手にしてきた彼でさえ、これほどの可能性を秘めた力にはそうそう出会えない。
ただ強いだけではない。
使い方次第で、世界の在り方そのものを変えかねない力だ。
この個性を手に入れれば、計画はさらに進む。
オールマイトを超えることさえ、夢ではない。
「ようやく……ようやく手に入る!」
彼は歓喜に打ち震えた。