第10章 神野区の悪夢編
純白のウェディングドレスをまとい、唇には鮮やかな赤が差されている。乱れた髪が頬にかかり、力の抜けた身体が男の腕に預けられていた。
戦場という場所には、あまりにも不釣り合いな姿だった。
それなのに、不思議なほど目を離せない。
まるで、戦場に咲いた一輪の花。
いや、その表現すら生ぬるい。
人々を魅了し、国さえも傾けてしまうと謳われた、傾国の美女。
そんな言葉が脳裏をよぎるほど、彼女の姿は鮮烈だった。
恐怖と混乱に満ちた戦場で、彼女だけが異質なほど美しく浮かび上がっている。
誰もが息を呑んだ。
しかし、その美しさを前にしても、彼女を抱える男への警戒が緩むことはなかった。
むしろ、オール・フォー・ワンが彼女を見せつけるように抱き直したことで、ヒーローたちの表情はいっそう険しくなった。
「諸君。せっかく集まってくれたのだから、少しばかり聞いてほしい」
男の声が、戦場に響き渡る。
「この女性は、実に素晴らしい個性を持っている。長い間、興味深く観察させてもらったが……ようやく、直接手に入れる機会が訪れた」
「貴様……!」
オールマイトが一歩踏み出す。
しかし、オール・フォー・ワンは気にも留めず、腕の中の彼女へ視線を落とした。
「今から僕は、彼女の個性をもらう」
あまりにも平然とした宣言だった。
「そして、その後は……彼女には僕のものになってもらうつもりだ」
ヒーローたちの間に、ざわめきが広がった。
怒号が飛ぶ。
それでも男は、まるで聞こえていないかのように続けた。
「この美貌を、個性とともに失ってしまうのは惜しいからね。僕のそばに置いておきたいんだ」
仮面が、わずかに彼女の方へ傾く。
「一生、僕のそばで暮らしてもらおう。…家族としてね」
「ふざけるな!」
オールマイトの声が轟いた。
その拳には、抑えきれない怒りが滲んでいた。
「彼女は貴様の所有物ではない!勝手なことを言うな!」
「おやおや。ずいぶんと感情的だね、オールマイト」
オール・フォー・ワンは、楽しげに笑った。
「君にとっても、この子は特別な存在なのかな?」
オールマイトの表情が強張る。
その反応さえ、男にとっては愉快な見世物なのだろう。
彼女を抱えたまま、男はゆっくりと片手を持ち上げた。
その手が、彼女の首元へと伸びていく。