第10章 神野区の悪夢編
飯田もまた、苦渋の表情で頷いた。
「今の僕たちにできることは、爆豪くんを連れて脱出することだ。彼女の救出は……プロヒーローに託すしかない」
その言葉が、爆豪の胸を抉った。
託す。
他人に。
自分では、何もできないから。
「……クソッ!」
爆豪は拳を握り締めた。
悔しかった。
ただ、悔しかった。
体育祭で彼女と戦ったとき、あいつは最後まで自分の力で立っていた。どれほど追い詰められても、どれほど不利な状況でも、決して簡単には屈しなかった。
林間合宿でもそうだ。
個性が使えないと分かっていながら、周囲を見て、仲間を守ろうとしていた。
それなのに今、自分は彼女を助けるどころか、目の前にいるのに近づくことさえできない。
「爆豪!」
切島が手を差し出した。
「来い!」
爆豪はその手を睨みつけた。
こんな手を取ることになるなんて、考えたこともなかった。
それだけでも腹立たしいのに、彼女を残して逃げなければならない。
「……覚えてろよ」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
オール・フォー・ワンか。
自分自身か。
それとも、腕の中で眠る彼女か。
爆豪は奥歯を噛み締め、緑谷たちへと身体を向けた。
両手に力を込めた。
掌から爆発が生まれる。
爆発の勢いを利用し、爆豪の身体が一気に空へと舞い上がった。
緑谷たちもその勢いに乗り、地上から遠ざかっていく。
敵の手が届かない高さへ。
崩れゆく建物の上空へ。
脱出は成功した。
しかし、爆豪の視線は、最後まで地上から離れなかった。
白いドレスをまとった彼女の姿が、小さくなっていく。
オールマイトが、オール・フォー・ワンと対峙している。
あの男を相手に、彼女を取り戻せるのは、今の自分たちではない。
オールマイトを信じるしかない。
それが、爆豪の出した結論だった。