第10章 神野区の悪夢編
「うわあああっ!」
しかし、爆風に巻き込まれる寸前、ベストジーニストがヒーロー達の衣服を咄嗟に個性で引っ張り上げた。身体を地面に伏せ、瓦礫の陰へと転がり込むことで、どうにか直撃を免れる。
それでも、立ち上がれる者は限られていた。
ベストジーニストは地面に身体を投げ出され、苦痛に顔を歪めながらも、なお敵を見据えていた。
圧倒的な実力差。
これが、長年にわたって社会の裏側を支配してきた男の力なのか。
「……オール・フォー・ワン」
誰かが、震える声で呟いた。
その名が口にされた途端、現場にいたヒーローたちの表情が変わる。
オール・フォー・ワン。
歴史の闇に潜み、幾度となく社会を脅かしてきた、最悪の敵。
その存在は、ただ強いというだけではない。
何を仕掛けてくるのか分からない。どこまでが計算で、どこからが本気なのかも分からない。
この男が現れたということは、事態が想定を遥かに超える段階へ進んだことを意味していた。
「嘘だろ……」
「なんで、ここに……!」
プロヒーローたちの間に動揺が広がっていく。
誰もが目の前の脅威に意識を奪われていた。
その一方で、崩れた建物の陰。
「…………」
緑谷出久は、声を失っていた。
本来ならば、ここにいるべきではない。
爆豪を救い出すため、八百万、轟、飯田、切島とともに、プロヒーローたちに隠れてこの場所までやってきたのだ。
無謀な行動だということは分かっていた。
それでも、爆豪を見捨てることなどできなかった。
だが、目の前に現れた存在を前にして、彼らの計画は完全に頭から吹き飛んでいた。
「……オール・フォー・ワン……」
緑谷の唇が、かすかに動く。
喉が締めつけられたように、声が出ない。
足が動かなかった。
逃げなければならない。隠れなければならない。そう頭では理解しているのに、身体が言うことを聞かない。
隣にいる八百万も、口元を押さえたまま立ち尽くしていた。
轟の目は鋭く男を捉えている。しかし、その指先はわずかに強張っていた。
飯田は歯を食いしばり、切島は拳を握り締める。
誰もが、初めて真正面から突きつけられた恐怖に呑まれていた。
そして、緑谷は気づいた。
オール・フォー・ワンの腕の中に、誰かがいる。
純白のドレス。
力なく垂れた腕。
長い髪が、男の腕からこぼれ落ちるように揺れていた。
