第10章 神野区の悪夢編
「覚えておきなさい。私は絶対に、あなたの思いどおりにはならないわ」
彼女がそう言い切った、次の瞬間だった。
――ドォォォンッ!!
耳をつんざく轟音が響き渡り、建物全体が大きく揺れた。
「っ……!」
突然の衝撃に、彼女は壁へ手をついて体勢を立て直す。天井から細かな破片が降り注ぎ、棚の上に置かれていた器具が床に散乱した。
続いて、もう一度、激しい振動が襲う。
「何事だ!」
医師が声を上げた。
オール・フォー・ワンも、さすがに笑みを消してモニターへ顔を向ける。
画面のひとつに映し出されていたのは、崩れ始めた建物の外壁。
そして、煙の立ち込める敷地内で戦闘を繰り広げるプロヒーローたちの姿だった。
「マウントレディ……ベストジーニスト……!」
医師が驚愕の声を漏らす。
巨大化したマウントレディが建物の外壁を押し崩し、その傍らではベストジーニストが無数の繊維を操り、敵の動きを封じていた。
ほかにも、次々と駆けつけたプロヒーローたちが、敵の拠点へ一斉に攻め込んでいる。
「プロヒーローの襲撃か……!」
外から響く怒号と爆発音。警報。走り回る敵の足音。
それまで静まり返っていた部屋が、一瞬にして騒然となった。
――今しかない。
彼女は即座に判断した。
プロヒーローたちがここまで攻め込んできたのなら、外へ出る機会が生まれるかもしれない。敵の注意が分散している今を逃せば、次にいつチャンスが訪れるか分からない。
彼女は床を蹴った。
「待て!」
医師の叫び声を背に、彼女は出口へ向かって走り出す。
破れたウェディングドレスの裾が脚に絡みつきそうになる。それを振り払うように走りながら、彼女は必死に前を見据えた。
その足は、ほんの少し震えていた。
先ほど、オール・フォー・ワンに蹴りを叩き込んだ足だ。
恐怖を押し殺し、相手の前で決して怯まないように振る舞っていた。しかし、身体は正直だった。
あの男が何者なのか、彼女は知っている。
数え切れないほどの個性を奪い、人々の人生を弄び、社会そのものを脅かしてきた怪物。
そんな男に、自分はたった今、真正面から反抗したのだ。
遅れて、恐怖が押し寄せてくる。
心臓が痛いほど激しく脈打つ。呼吸が浅くなり、喉の奥がひりついた。
それでも、足を止めるわけにはいかなかった。