第10章 神野区の悪夢編
顔の大部分が損傷し、表情を読み取ることは難しい。
それでも、彼がこちらに意識を向けたことだけは分かった。
静寂の中、機械の音だけが響く。
やがて、老人が愉快そうに口元を緩めた。
「ほう……。自分の置かれた状況を理解するのが早い。さすがは、あの体育祭で興味を引いた少女というわけか」
彼女の瞳が、わずかに細くなる。
やはり、体育祭から目をつけられていたのだ。
「……私の個性が目的?」
老人は答えず、オール・フォー・ワンへと視線を向けた。
その仕草だけで、彼女の推測は確信に近づいた。
目の前の男は、他人の個性を奪う。
そして、自分は今、その個性を使えない。
あまりにも都合がよすぎる状況だった。
「なるほど……」
彼女は小さく呟いた。
「個性を使えない私なら、抵抗できないと考えたわけね」
その言葉に、白衣の老人が目を細めた。
だが、彼女は続けた。
「残念だけれど、あなたたちが期待しているほど、私は従順じゃないわ」
その声には、震えがなかった。
純白のドレスに身を包んだ彼女は、傷つき、個性を失い、敵の本拠地に立たされている。
それでも、瞳の奥には折れない意志があった。
オール・フォー・ワンは、そんな彼女をしばらく見つめていた。
やがて、低く、どこか楽しげな声が響く。
「……実に興味深い」
その一言で、彼女は悟った。
これは、ただ個性を奪うためだけの対面ではない。
この男は、自分の個性だけでなく、自分自身に興味を持っている。
その理由こそが、最も警戒すべきものだった