第10章 神野区の悪夢編
――そういうこと。
頭の中で、いくつもの情報がつながっていく。
自分が連れ去られたこと。
手当てを受けていたこと。
わざわざウエディングドレスを着せられ、化粧まで施されていたこと。
そして、個性を使えない自分が、ほかの誰でもない、この場所へ連れてこられたこと。
ここまで用意周到なことをやってのける人物など、限られている。
いや、彼女の知る限り、一人しかいなかった。
「……オール・フォー・ワン」
静かな声が、部屋に落ちた。
白衣の老人が、ぴくりと眉を動かす。
椅子に腰掛けた大男は、モニターから視線を外さなかった。
けれど、彼女の言葉を聞いていないはずはなかった。
オール・フォー・ワン。
他者の個性を奪い、与えることができる男。
幾度となく社会を脅かし、数多くの人間を操り、ヒーロー社会の根幹さえ揺るがしてきた存在。
そんな男が、今、自分の目の前にいる。
彼女は無意識に拳を握った。
怖くないわけがない。
個性が使えない今の自分にとって、目の前の男はあまりにも危険だった。
けれど、恐怖に呑まれている場合ではない。
彼女は視線を逸らさず、二人の様子を観察した。
白衣の老人。おそらく、何らかの研究に携わっている人物。
そして、チューブに繋がれた大男。身体は自由に動かせないように見えるが、それだけで脅威が小さいと判断するのは愚かだった。
むしろ、この状況そのものが異常なのだ。
自分をここまで連れてきた理由。
この姿に着替えさせた理由。
そして、オール・フォー・ワンが自分に何を求めているのか。
答えを急いではいけない。
彼女は、ドレスの裂けた裾をそっと握り直した。
動きやすさは確保した。
武器はない。個性もない。
それでも、観察することはできる。考えることもできる。
そして、相手が何を企んでいようと、簡単に従うつもりはなかった。
「……私をここへ連れてきた理由を聞いても?」
彼女は、できる限り平静な声で尋ねた。
その言葉に、ようやく大男がモニターから顔を向けた。