第10章 神野区の悪夢編
彼女はドレスの裾を片手で持ち上げ、慎重に部屋の中を見て回った。
窓はない。
壁は古く、ところどころに黒ずみが浮かんでいる。空気は重く、湿気を含んでいた。家具はベッドだけ。
ここは、誰かが快適に過ごすための部屋ではない。
少なくとも、長期間生活することを想定した空間には見えなかった。
彼女は扉へ向かった。
ノブに手をかけ、静かに回す。
動かない。
もう一度、力を込める。
ガチャ、ガチャッ。
鍵がかかっている。
「……でしょうね」
小さく呟き、扉の周囲を確認する。鍵穴はあるが、外側から施錠されているようだった。無理にこじ開けるのは難しい。
耳を扉に近づけても、外から人の気配は感じられない。
彼女は一歩下がり、扉を見つめた。
この場所がどこなのか、正確なことは分からない。
しかし、少なくとも、雄英の施設でも、病院でもない。
林間合宿の途中で、何者かに連れ去られた。
その事実から考えれば、答えはひとつだった。
ここは、敵の本拠地だ。
「……ヴィラン連合、か」
口にした途端、現実味が増した。
爆豪くんは。
緑谷くんたちは。
ほかのみんなは無事なのだろうか。
頭の奥が重い。身体にも疲労が残っている。抵抗したのか、それとも意識を失う前に何かをされたのか。
確かなことは分からない。
けれど、ひとつだけ、はっきりしていることがあった。
敵は、彼女を殺してはいない。
傷の手当てをし、身体を清潔にし、さらには化粧まで施している。
そして、このウエディングドレス。
単なる気まぐれであるはずがない。