第9章 林間合宿
ミスターコンプレスは、わずかに首を傾げた。
「おやおや。お友達を助けたい、と?」
「当たり前だ!!」
「素晴らしい友情ですねえ」
男は笑った。
その余裕に満ちた態度が、緑谷の怒りを煽る。
しかし、彼は分かっていた。
今ここで感情に任せて突っ込めば、敵の思う壺だ。
彼女を助けるためには、爆豪たちを取り戻すためには、冷静に判断しなければならない。
頭の中には、土埃にまみれた淡いエプロンが焼きついていた。
彼女は、みんなを支えるために動いていた。
個性が使えなくても、できることを探して、誰かの役に立とうとしていた。
そんな彼女が、今、一人で敵の手に落ちている。
「……絶対に、助ける」
緑谷は顔を上げた。
「絶対に、みんなを連れ戻す……!」
轟が隣に並ぶ。
障子は拳を握りしめ、麗日と蛙吹も負傷した身体を押して身構えた。
だが、ミスターコンプレスは少しも動じない。
彼は二つのビー玉を指先で転がし、まるで大切な宝石でも扱うように、丁寧に懐へしまった。
「それでは、皆様。私はこれにて失礼を」
「待て!!」
緑谷が踏み出す。
轟の氷が地面を走る。
しかし、ミスターコンプレスの身体は黒い霧に包まれ、あっという間にその場から消えた。
残されたのは、冷たい夜風と、誰もいない森だけだった。
「……クソッ!」
緑谷は地面を殴りつけた。
悔しさで、胸が張り裂けそうだった。
目の前にいたのに。
すぐ近くにいたはずなのに。
爆豪も、常闇も、そして彼女も。
誰一人、守れなかった。
「緑谷くん……」
麗日が心配そうに声をかける。
だが、緑谷は顔を上げた。
「……まだ終わってない」
その目には、強い決意が宿っていた。
「絶対に助ける。かっちゃんも、常闇くんも……おもちさんも」
轟は無言で頷いた。
爆豪を奪われた。
仲間を奪われた。
そして、個性を使えない彼女が、敵の手の中にいる。
一刻も早く、全員を取り戻さなければならない。
夜の森の向こうでは、まだ戦闘の音が響いていた。
林間合宿の惨劇は、終わっていない。
そして、ヴィラン連合の本当の目的も、まだ明らかにはなっていなかった。