第9章 林間合宿
「……待て」
障子が足を止めた。
四人も立ち止まり、彼の視線を追う。
道の脇。
木々の根元に、何かが落ちていた。
淡い色の布。
土埃にまみれ、端が乱れている。
それは、見覚えのあるものだった。
障子が慎重に近づき、布を拾い上げる。
その瞬間、全員の表情が変わった。
淡い色合い。
小さな汚れ。
そして、裾に残った、見覚えのある縫い目。
間違いない。
彼女が、昼間の訓練で生徒たちを支えるために身につけていたエプロンだった。
「……おもちさんの……」
緑谷が息を呑む。
彼女は今日も、みんなに水を配り、体調を気遣い、食事の準備を手伝っていた。
慣れない作業だって、嫌な顔一つせずに引き受けていた。
その姿が、五人の脳裏に浮かぶ。
「……何で、こんなところに」
轟が呟いた。
エプロンには、土埃がこびりついていた。
ただ落としただけなのか。
それとも、何かがあったのか。
その場に、嫌な沈黙が落ちた。
「……おい」
爆豪の声が低く響いた。
「これ、あいつが落としたのか?」
誰も答えられない。
答えたくなかった。
緑谷はエプロンを見つめたまま、拳を握りしめた。
彼女は個性が使えない。
それなのに、ヴィランの標的にされている。
もし、敵と遭遇していたら。
もし、逃げられなかったら。
「……まさか」
緑谷の唇から、かすかな声が漏れた。
その言葉を、誰も否定できなかった。
障子は周囲を見渡し、常闇は影の奥に目を凝らす。轟の指先には、無意識のうちに冷気が集まり始めていた。
そして爆豪は、エプロンを見つめたまま、ぴくりとも動かなかった。
「……クソが」
吐き捨てた声は、怒りに震えていた。
あの女は、いつだって平然としていた。
何を考えているのか分からないほど冷静で、誰かが困っていれば自然に手を差し伸べる。
自分がどんな状態でも、周囲に心配をかけまいとする。
個性が使えなくなったときでさえ、あんな顔で笑っていた。
――大丈夫よ。
そう言っていた。
だが、本当に大丈夫だったのか。
彼女は、誰にも助けを求めずに、一人で抱え込んでいたのではないか。
「……爆豪」
轟が声をかける。
爆豪は答えない。
ただ、エプロンを握る障子の手を見つめていた。
その布は、彼女がここにいたことを示す唯一の手がかりだった。