第9章 林間合宿
「ごめんなさい。私はパスしようかな」
「えっ、どうして?」
「ちょっと疲れちゃった。今日は先に施設に戻るね」
彼女はいつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「みんな、楽しんできて」
「そっか……無理しないでね!」
「ありがとう。おやすみなさい」
それが、彼女がクラスメイトたちと交わした最後の言葉だった。
*****
施設へと続く道を、一人で歩く。
肝試しに向かう生徒たちの声が、背後で少しずつ遠ざかっていった。
森の中は、思っていた以上に暗い。
月明かりさえ、頭上を覆う枝葉に遮られている。足元を照らす照明もまばらで、道の輪郭を見失わないように気をつけなければならなかった。
「……はぁ」
身体は疲れていたが、眠気はなかった。
むしろ、胸の奥が妙にざわついている。
昼間、サーチに告げられた言葉が頭をよぎった。
――あなたのそばに、龍がいたの。
あの夢に現れた金色の龍。
水面。赤い鳥居。そして、こちらを見つめる金色の瞳。
『迎えに来た』
あれは一体、何だったのだろう。
考えながら歩いていた彼女は、不意に足を止めた。
音が、消えている。
虫の声も、風が木々を揺らす音も。
まるで森そのものが、何かを警戒するように息を潜めたかのようだった。
「……?」
彼女はゆっくりと顔を上げた。
道の先。
木々の間に、誰かが立っている。
人影だった。
「こんばんは」
聞き慣れない男の声。
街灯の届かない暗がりから、男が一歩踏み出す。
黒い服。顔や首に縫い付けられたような皮膚。生気の薄い目。
その姿を認識した瞬間、彼女の背筋に冷たいものが走った。
「……あなたは?」
男は答えず、彼女の全身を眺めた。
まるで、品定めでもするかのように。
「へえ。写真で見るより、ずっと綺麗じゃねえか」
彼女の表情から、笑みが消えた。
写真。
その言葉が、頭の中で不穏な響きを立てる。
「……私を知っているの?」
「もちろん」
男は口元を歪めた。
「俺は荼毘。お前を迎えに来たんだよ」
その名前に、彼女の頭の中で警報が鳴り響いた。