第9章 林間合宿
「……えっ」
脱衣場で着替えを済ませ、浴室に入ってきた芦戸が、思わず足を止めた。
その後ろから顔を覗かせた麗日も、同じように動きを止める。
「わ……」
小さな声が漏れた。
夜空を見上げる横顔。湯気の向こうに浮かぶ、濡れた黒髪。月明かりに照らされた肌。そして、何かを憂うような、それでいて穏やかな表情。
まるで、一枚の絵画を見ているようだった。
「……なに、あれ」
芦戸が呆然と呟く。
「す、すごく綺麗……」
麗日は頬を赤らめながら、うっとりと彼女を見つめていた。
続いて入ってきた八百万や蛙吹も、自然と視線を向ける。
「まあ……」
八百万は思わず口元に手を添えた。
「本当に、お美しいですわね……」
「いつも綺麗だけど、今はなんだか……違う感じがするわね」
蛙吹が不思議そうに首を傾げた。
その言葉に、八百万も静かに頷く。
いつもの彼女は、どこか近寄りがたいほどの華やかさを持っていた。整った容姿に、落ち着いた振る舞い。何を考えているのか分からないミステリアスな雰囲気も相まって、誰もが思わず目で追ってしまうような存在だった。
個性を失った不安を抱えながらも、誰にも弱音を吐かず、いつもどおりに笑ってみせる彼女。
昼間、土魔獣に捕らえられたときのことを思い出せば、胸が痛む。あんなに危険な目に遭ったというのに、食堂では大丈夫だと微笑み、皆を心配させないように振る舞っていた。
そんな彼女が今、誰にも見せていなかった疲れを、ほんの少しだけ夜空に預けている。
それが、彼女の美しさをいっそう際立たせているように見えた。
「……なんて美しいのかしら」
八百万が、感嘆するように呟いた。
その声に、彼女がゆっくりと振り返る。
「あ、みんな」
いつもの穏やかな笑顔。
それだけで、芦戸は胸を押さえた。
「ちょ、ちょっと待って!その笑顔は反則じゃない!?」
「えっ?」
「いや、だって!今の雰囲気、映画のワンシーンみたいだったんだもん!」
「ふふっ、大げさだなぁ」
彼女は小さく笑い、湯の中で肩をすくめた。
「だって、本当に綺麗なんだもん!」
麗日も頬を染めながら、彼女の隣へと歩いていく。