第9章 林間合宿
夕暮れの薄明かりが、その頬を柔らかく染めていた。
いつもなら、誰よりも冷静で、周囲をよく見ていて、簡単には隙を見せない女。
それなのに、今の彼女は、悪戯を共有することを楽しむ普通の女の子のようだった。
爆豪は、そんな彼女から目を離せなかった。
そして、ふと気づく。
自分の手には、まだ果物の皿が残っている。
「あ……」
彼女の視線が、彼の手元へと落ちた。
「それ、どうしたの?」
「……てめぇあんま飯くってねぇだろ」
ぶっきらぼうな声。
「倒れられたら、迷惑なんだよ!!!」
と悪態をつきながら、爆豪は自分で自分の言葉に気まずくなった。
わざわざ探しに来たこと。
果物まで用意したこと。
そんなことを、本人に知られるつもりはなかったのだ。
彼女は目を丸くした。
それから、ゆっくりと微笑んだ。
「……ありがとう」
さっきまでの悪戯っぽい笑顔とは違う。
胸の奥に、じんわりと温かさが広がるような、優しい笑顔だった。
「爆豪くんって、優しいのね」
「はぁ!?どこがだ!!」
「ふふっ。そういうことにしておくわ」
彼女はそっと皿を受け取った。
指先が触れ合う。
ほんのわずかな接触だったのに、爆豪はまた妙に意識してしまった。
彼女はそんな彼の様子に気づいているのか、いないのか。
果物を一つ手に取り、夕闇の中で嬉しそうに微笑んだ。
「せっかくだから、いただくね」
「勝手にしろ……」
爆豪は顔を背けたまま答えた。
木々の間から、夜の気配がゆっくりと忍び寄ってくる。
遠くでは、仲間たちの笑い声が響いていた。
けれど、この木陰だけは、まるで世界から切り離されたように静かだった。
二人だけの秘密。
触れた指先の感覚。
そして、普段は見せない彼女の笑顔。
爆豪は、それらをどう扱えばいいのか分からなかった。
ただ一つ、確かなことがある。
今日という一日は、魔獣に襲われたことも、個性の謎も、決して忘れられない出来事ばかりだった。
それなのに今、彼の心を一番落ち着かなくさせているのは、目の前で果物を頬張る彼女の、何気ない笑顔だった。