第9章 林間合宿
「……しーっ」
声にならないほど小さな仕草。
彼女の指先が、そっと爆豪の唇に触れた。
ほんの一瞬。
けれど、爆豪にとっては、時間が止まったような感覚だった。
柔らかな指先の感触。
すぐ目の前にある、彼女の瞳。
いつもは冷静で、何を考えているのか分からない彼女が、今だけは秘密を共有する悪戯っ子のように笑っている。
その笑顔が、ひどく無防備に見えた。
爆豪は息を止めた。
何か言わなければならない。
タバコのことも。身体のことも。勝手に引っ張ってきたことも。
言いたいことなら、山ほどある。
なのに、喉が動かなかった。
彼女の唇が、ほんのわずかに弧を描く。
まるで、二人だけの秘密を楽しんでいるかのように。
「……っ」
爆豪は顔を背けた。
耳の先が、じわじわと熱くなっていく。
くそ!
なんでこんなときに。
よりによって、こいつは――。
「……いねえみたいだな!」
突然、切島の声が響いた。
「外には出ていないのかもしれないな」
飯田が反応する。
二人の足音が、再び遠ざかっていった。
それを確認した彼女は、ようやく安堵したように息を吐いた。
「……ふぅ。危なかった」
彼女は爆豪の口元から指を離し、悪戯が成功した子どものように、くすりと笑った。
「ありがとう、爆豪くん。助かったわ」
そう言って、彼を見上げる。
爆豪は、まだ彼女を見られずにいた。
「……てめぇ」
「なあに?」
「なあに、じゃねぇだろうが……!」
声を荒らげようとして、思わず声量を抑える。
彼女は不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたもあるか!!」
小声で怒鳴るという、器用なのか不器用なのか分からない芸当を披露した爆豪に、彼女はとうとう笑いをこぼした。
「ふふっ、ごめんなさい」
「笑ってんじゃねぇ!!」
「だって……爆豪くん、面白いんだもの」
その言葉に、爆豪は絶句した。
面白い?
俺が?
こいつ、今、自分が何を言っているのか分かってんのか。
彼女はまだ、楽しそうに笑っている。