第9章 林間合宿
そのとき、遠くから聞き慣れた声が聞こえてきた。
「爆豪ー!どこだー?」
切島だ。
「爆豪くん!食事の後に無断で施設の外へ出るのは――」
飯田の声まで聞こえてくる。
彼女の表情が変わった。
飯田は学級委員長だ。
この状況を見られれば、喫煙のことを追及されるのは間違いない。相澤に報告される可能性もある。
それだけは、避けたい。
「……っ!」
彼女はとっさに爆豪の手首をつかんだ。
「こっち!」
「は?おい、待て――」
有無を言わせず引っ張られ、爆豪は思わず足を踏み出した。
彼女は建物の裏手から少し離れた木々の陰へと彼を連れていく。大きな幹の陰に滑り込むと、物音を立てないように、そっと身を縮めた。
その直後、
「おーい、爆豪ー!」
切島の声が近づいてくる。
「まったく……彼はどこへ行ったんだ……」
飯田の真面目な声が続いた。
二人の足音が、すぐ近くを通り過ぎていく。
彼女は息を潜めた。
爆豪の手首を握ったまま、身体を木の幹に寄せる。逃げ場のない狭い木陰で、二人の距離は自然と近くなっていた。
肩が触れ合う。
彼女の髪が、爆豪の頬をかすめた。
ふわりと漂う、甘く柔らかな香り。
それがいつもの彼女の匂いなのか、それとも夕暮れの風に混じった別の香りなのか、爆豪には分からなかった。
ただ、近い。
近すぎる。
視線を少し下げれば、彼女の顔がある。
息遣いさえ感じられそうな距離だった。
爆豪の頭の中は、すっかり混乱していた。
さっきまで、果物を食わせようと彼女を探していたはずだ。
それが今では、木陰に引き込まれ、彼女と身体を寄せ合っている。
しかも、ついさっきまでタバコを吸っていた彼女が、何事もなかったかのように自分の目の前にいる。
……なんなんだ、こいつは。
心臓が、妙にうるさい。
森の中で魔獣と戦っていたときよりも、今のほうがよほど落ち着かなかった。
爆豪は口を開こうとしたその時、彼女が、そっと顔を上げた。
いたずらを見つかった子どものような、少し困った、それでいて楽しそうな表情。
そして、人差し指を唇の前に立てた。