第9章 林間合宿
「おーい、おもち!」
突然、目の前から声が飛んできた。
顔を上げると、切島が大きな茶碗を片手に、心配そうにこちらを見ていた。
「お前、全然食ってねぇじゃねぇか!もっと食えよ!あんだけ走ったんだぞ?」
「……そうね。食べなきゃいけないのは分かっているんだけど」
彼女は困ったように微笑んだ。
「どうにも、あまり食指が進まなくて」
「マジか?体調悪いのか?」
「大丈夫。少し考え事をしているだけ」
「考え事?」
切島は首を傾げたものの、無理に問い詰めることはしなかった。
「そっか。でも、無理してでも少しは食っとけよ。明日もあるんだからな!」
「ありがとう。」
彼女は穏やかに答え、残っていた料理を少しだけ口に運んだ。
けれど、やはり箸は進まなかった。
ふと視線を感じて顔を上げると、少し離れた席に座る爆豪と目が合った。
彼は何も言わず、じっとこちらを見ていた。
森での一件以来、爆豪はいつも以上に彼女の様子を気にしているようだった。あのとき、腕の中で彼女が呆然と土魔獣を見つめていた表情が、頭から離れないのかもしれない。
彼女は安心させるように小さく微笑んでみせた。
爆豪は一瞬だけ眉を寄せたが、結局何も言わずに視線を戻した。
――心配をかけてしまったわね。
そう思いながら、彼女は食器に目を落とした。
やがて、食事を切り上げると、食器をきれいにまとめて席を立った。
「ごちそうさま。先に失礼するわね」
「えっ、もういいの?」
麗日が驚いたように顔を上げる。
「ええ。少し休みたいから」
「そっか。無理しないでね!」
「ありがとう」
彼女はクラスメイトたちに微笑み、食器を片付けてから食堂を後にした。
賑やかな声が背後へ遠ざかっていく。
廊下に出ると、食堂の熱気が嘘のように静かだった。
彼女は足を止め、そっと自分の手を見下ろす。
森で魔獣に捕らえられたときと同じ手。何の変哲もない、ただの手だった。
指先を握り、開く。
やはり、何も感じない。
「……どうして、なの」
誰に向けるでもなく、呟いた声が静かな廊下に消えていく。
個性が使えなくなった理由も、いつ戻るのかも分からない。
今まで当たり前にあったものを失ったばかりなのに、自分の知らない何かが、さらにその奥に潜んでいる。
その事実が、彼女の心に小さな不安を残していた。