第9章 林間合宿
「みんな、元気ねぇ」
おもちは小さく笑いながら、指定された席へと向かった。
窓際の席に腰を下ろすと、その隣には轟が座っていた。
「おはよう、轟君」
「ああ」
短い挨拶を交わし、彼女はシートベルトを締めた。
バスがゆっくりと走り出す。
車内の熱気は、出発してからも一向に収まる気配がなかった。
「じゃあ、一曲目は私ね!」
「待て芦戸!まずは順番を決めてからだ!」
「えー、いいじゃん!早い者勝ち!」
賑やかな声が飛び交う。
そんな光景を、轟はどこか一歩引いた様子で眺めていた。
そして、ふと隣の彼女に目を向ける。
「……今日は起きてるんだな」
「え?」
おもちが顔を向けると、轟は窓の外を眺めながら続けた。
「いつも、隣の席になると寝てるだろ」
「あら、そうだったかな?」
「そうだ。気付いたら肩にもたれてる」
淡々とした指摘に、彼女は目を瞬かせた。
確かに、これまで轟と隣の席になるたび、いつの間にか眠ってしまっていた。
落ち着いた雰囲気の彼の隣は、妙に居心地がいい。騒がしい場所にいても、彼自身が周囲の空気に流されないせいか、自然と気が緩んでしまうのだ。
「今日のために、たくさん寝てきたから」
彼女はそう言って、窓の外へ視線を向けた。
「せっかくの林間合宿でしょう? みんなと一緒に楽しみたいもの」
轟は少しだけ彼女の顔を見つめた。
その表情には、いつもの落ち着きが戻っている。
先日、保健室で目を覚ました時は、顔色も悪く、身体を起こすのさえつらそうだった。
今は、少なくとも表面上は元気そうに見える。
「そうか」
轟は小さく笑った。
「なら、よかった」
何気ない言葉だった。
けれど、彼女はその一言に、ほんの少しだけ目を細めた。
このクラスには、心配性な人が多い。
自分が何も言わなくても、気にかけてくれる人がいる。
それは、思っていた以上に悪くないものだった。
しばらく二人で、車内の騒ぎを眺めていた。
やがて、おもちは何かを思い出したように轟へと顔を向けた。
「ねえ、轟君」
「なんだ?」
「前から聞いてみたいことがあったんだけど」
「なんだ?」
彼女は一度、言葉を選ぶように視線を落とした。
そして、静かに尋ねた。