第8章 夏休み
「期末テストの実技試験。俺とデクとこいつで組んだ時も……一度も個性を使わなかった」
緑谷がはっと顔を上げた。
あの時のことを思い返す。
試験中、彼女は確かに冷静だった。状況を分析し、二人の動きを見ながら適切な判断を下していた。だが、彼女自身が個性を使うことはなかった。
当時は、それも作戦の一つなのだと思っていた。
「それに、夏休みに入るまで……俺は一度も、こいつが個性を使ってるところを見てねぇ」
爆豪の声が、わずかに低くなる。
「体育祭じゃ、あれだけ使ってた。なのに、職業体験が終わってからは一度もだ」
視線がベッドの上の彼女へと落ちた。
「……今回倒れたことも、無関係だって言い切れんのかよ」
最後の言葉には、苛立ちだけではないものが滲んでいた。
疑問をぶつけているようでいて、本当は答えを恐れている。
もし、個性が使えないことと今回の症状が繋がっているのなら。
もし、彼女がそのことを誰にも言えず、一人で抱え込んでいたのなら。
そう考えるだけで、胸の奥がざらついた。
「お前……そこまで気付いてたのか」
切島が驚いたように呟く。
「でも、おもちちゃん、そんな素振り全然見せなかったよね……」
麗日が眉を寄せた。
「いつも通りだったから……まさか、個性が使えなくなっていたなんて」
「いや、待てよ。じゃあ、職業体験の後からずっと……?」
上鳴の顔から、いつもの明るさが消えていた。
誰もが、彼女の振る舞いを思い返していた。
落ち着いていて、何でもそつなくこなす。困った様子を見せることも、弱音を吐くこともほとんどない。
だからこそ、気付けなかった。
彼女が何かを隠していたとしても、普段の彼女からそれを見抜くのは難しかっただろう。
「……なんだい。気付いていたのかい?」
リカバリーガールも、驚きを隠せずにいた。
爆豪は答えず、彼女を見つめたまま言った。
「本当なのかよ」
静かな声だった。
「職業体験が終わった日から、個性が使えなくなったって話は……本当なのか?」
誰も口を挟まなかった。
爆豪の問いは、保健室にいる全員の疑問そのものだった。
彼女の個性が使えないこと。それがいつからなのか。なぜ、誰にも話さなかったのか。
そして、今回倒れたことと本当に関係があるのか。