第8章 夏休み
「……お願いします」
彼女は顔を上げた。
「もう一度、個性カウンセリングと精密検査を受けます」
医師は、ほっとしたように頷いた。
「分かった。必要な手続きを進めよう。検査には少し時間がかかると思うが、できる限り詳しく調べる」
「結果は、いつ頃になりますか?」
「検査内容にもよるが、ひとまず一週間後を目安に来てほしい。その時には、今より多くのことが分かるはずだ」
「分かりました」
彼女は椅子から立ち上がり、丁寧に頭を下げた。
「よろしくお願いします」
診察室を出る直前、医師が彼女を呼び止めた。
「おもち」
振り返る。
「何が分かっても、一人で結論を出さないこと。君の個性がどんなものであっても、それだけで君自身の価値が決まるわけではないからね」
彼女は一瞬、目を見開いた。
それから、いつもの落ち着いた笑みを浮かべた。
「……ありがとうございます」
扉が静かに閉まる。
廊下を歩きながら、彼女は胸元に手を当てた。
何も起こらない。
力の気配も、いつもの感覚もない。
けれど今は、ただ失った力が戻るのを待つだけではいけない気がしていた。
父が残した記録。
自分が知らない個性の本質。
そして、夢の中で出会った黄金の龍。
ばらばらだった疑問が、少しずつ一つの場所へと集まり始めている。
診察を終えた彼女は、慣れた様子で検査着に着替え、検査室へと案内される。
採血、胸部のレントゲン、心電図。
一つひとつの検査を終えるたびに、看護師から次の検査室を案内された。
「次は、こちらへお願いします」
「はい」
彼女は淡々と返事をしながら、指先を見つめた。
かつてなら、意識を集中させるだけで応えてくれたはずの力。
今は、どれだけ意識を向けても何も起こらない。
個性を発動させようとするたび、胸の奥にぽっかりと穴が空いているような感覚があった。
失ったのか。
封じられているのか。
それとも、自分が個性だと思い込んでいたものは、本当は別の何かだったのか。
考えれば考えるほど、答えは遠ざかっていく。
「……考えても仕方ない、か」