第8章 夏休み
病院に着くと、受付を済ませて、主治医の診察室へ呼ばれた。
彼は彼女が幼い頃から診てくれている医師だった。
父が生きていた頃からの付き合いであり、両親を亡くした後も、何かあれば相談できる相手の一人だった。
「お疲れさま。どこか変わった事はない?」
「相変わらず、個性は戻らないままです。」
医師は手元の資料に目を落とし、慎重に言葉を選んだ。
「そうか…。まず、1週間前の検査では、身体に明らかな異常は見つかっていない。血液検査も、レントゲンも、今すぐ治療が必要な問題を示すものではなかった」
「そうですか」
彼女は安堵するように頷いた。
だが、医師の表情は晴れなかった。
「ただし、これはあくまで一般的な身体検査の結果だ。君の個性が発動しない原因を、これだけで特定することはできない」
「……はい」
「以前、個性を使いすぎたことによる一時的な機能抑制の可能性があると説明したね」
「覚えてます」
「けれど、夏休みに入っても戻っていない。症状が長引いている以上、そろそろ別の可能性も含めて調べる必要があると思う」
医師は資料を閉じ、彼女の目を見た。
「君の個性、もう一度、詳しく調べてみる気はないか?」
彼女はすぐには答えなかった。
「……個性について、ですか?」
「ああ。発現した時期や、これまで受けてきた個性カウンセリングの記録、発動時に起きていた現象も含めてね。可能であれば、改めて個性カウンセリングと、個性の性質に応じた精密検査を受けてほしい」
彼女の脳裏に、幼い頃の記憶が浮かんだ。
父は医師だった。
彼女の個性が発現した時も、父が中心となって検査やカウンセリングの手続きを進めてくれた。
その頃の彼女は、まだ自分の力を十分に理解していなかった。
父が説明してくれた内容を信じ、それを自分の個性だと思って生きてきた。
「……父が、以前に個性カウンセリングを受けさせてくれました」
「そうだね。記録も残っている」
「その時は、問題ないと言われたはずですが」
「うん。ただ……」
医師は一度言葉を切った。
「その時に提出された情報が、君の個性の本質をすべて反映していたとは限らない」
彼女の表情から、わずかに笑みが消えた。