第6章 保須市襲撃事件
「…………」
彼女はゆっくりと胸元に手を当てた。
目を閉じる。
いつものように、意識を内側へ向ける。
自分の中にある力を探る。
空気の流れを捉える感覚。
周囲の物体を認識し、そこへ自分の意思を伝える感覚。
対象を見定め、その精神領域へと意識を伸ばす感覚。
これまで、息をするのと同じくらい自然にできていたことだった。
「……」
何も起こらない。
もう一度、意識を集中させる。
力の存在を確かめるように、ゆっくりと。
けれど、返ってくるものは何もなかった。
「…………」
彼女は目を開けた。
自分の手のひらを見つめる。
見慣れた指先。
何も変わっていない。
それなのに、
「……まるで、飛び方を忘れた鳥ね」
ぽつりと呟いた。
個性が使えない。
医師から説明された事実は、頭では理解していた。
薬剤の副作用と過剰な個性使用によって、発動機能が一時的に抑制されている。回復する可能性はあるものの、時期は分からない。
それでも、実際に何度試しても何も起こらないとなると、話は違った。
彼女は長い間、自分の個性を使いこなすことを前提に生きてきた。
任務では、それが最大の武器だった。
相手を制圧し、状況を変え、誰にも知られずに事態を収束させる。
自分の力があるからこそ、できることがあった。
その力が、今はない。
「……はぁ」
小さく息を吐き、背もたれに身体を預けた。
これから、どうしよう。
退院すれば、雄英高校へ戻ることになる。
一週間の職業体験は終わった。
クラスメイトたちは、それぞれの事務所で経験を積み、また教室へ戻ってくるだろう。
その中に、自分も何食わぬ顔で混ざらなければならない。