第6章 保須市襲撃事件
「君は、誰かを助けるためだけに生きているわけじゃない。
誰かの役に立てなくても、力が使えなくても、何もできない日があったとしても……君の価値は変わらないんだ」
彼女は、何も言わなかった。
ただ、彼の言葉を静かに聞いていた。
「今は個性が使えないかもしれない。それがいつ戻るのかも、まだ分からない。怖いことだと思う」
オールマイトは、彼女の目をまっすぐに見つめた。
「でも、だからといって君が一人になるわけじゃない。私もいる。君を心配している人たちがいる。……だから、もう少しだけ、私たちを頼ってくれないか」
長い沈黙が落ちた。
彼女は目を伏せたまま、彼の手を握り返す。
「……うん」
小さな返事だった。
それでも、オールマイトには十分だった。
彼はようやく、少しだけ笑った。
「ありがとう」
「……どうして、あなたがお礼を言うの?」
「君が、頼ってくれると言ってくれたからだよ」
「……まだ、そこまで言ってないわ」
「おや?」
彼女が少しだけ口元を緩める。
「……努力する、とは言ったけれど」
「それでも十分だ!」
そのやり取りに、医師もようやく緊張を解いたように微笑んだ。
「では、今後の治療方針についても、無理のない範囲で相談していきましょう。個性の回復については、焦らず経過を見ていく必要があります」
「……分かったわ」
彼女は頷いた。
個性が戻る時期は分からない。
これまで当たり前のように使ってきた力が、今は手の届かない場所にある。
その事実は、決して軽いものではなかった。
力を失っても、変わらずそばにいてくれる人がいる。
何もできなくなった自分を、必要としてくれる人がいる。
それは、これまで彼女が任務の中で得てきたものとは、まったく違う温かさだった。
「……オールマイト」
「どうしたんだい?」
「ここにいてくれて、ありがとう」
オールマイトは、一瞬だけ目を見開いた。
そして、いつもの力強い笑顔ではなく、穏やかな微笑みを浮かべた。
「もちろんだとも」
彼は、彼女の手を離さなかった。
「君が元気になるまで、私はここにいるよ」
窓の外では、朝の光が少しずつ強くなっていた。