第6章 保須市襲撃事件
「……これ、いつ使ったの?」
「……さっき」
「さっきって、どれくらい前?」
「……覚えてない……」
「覚えてないって……!」
ホークスは額に手を当てた。
高濃度の薬剤を使用しなければ意識を保てないほど、個性の反動が大きかったということだ。
しかも、彼女はその状態で、一人で帰ろうとしていた。
助けを呼ぶこともなく。
自分がどこまで動けるかを確かめながら、限界ぎりぎりまで。
「……君さぁ」
ホークスは、彼女の顔を見つめた。
「自分の身体まで、任務の道具みたいに扱わないでよ」
彼女のまぶたが、かすかに動いた。
「……道具、だなんて……」
「じゃあ、何?」
返事はなかった。
彼女はただ、彼の肩に寄りかかっている。
その沈黙が、何よりも雄弁だった。
ホークスは小さく息を吐き、彼女の背中に腕を回した。
「……もういい。今は何も話さなくていいから」
責めるのは、あとでいい。
事情を聞くのも、薬剤のことを確認するのも、彼女が意識を取り戻してからだ。
今は、とにかく安全な場所へ連れていかなければならない。
ホークスは赤い羽根を広げ、彼女の身体をしっかりと支えた。
「ちゃんと俺につかまって」
「……うん」
「意識、手放さないでね。俺の声、聞こえる?」
「……聞こえてる」
「よし。じゃあ、もう少しだけ頑張って」
彼女は小さく頷いた。
しかし、その頭はすぐに彼の肩へと沈んでいく。
「……おい、おもち?」
返事がない。
「……っ、もう!」
ホークスは彼女を抱き上げた。
その身体は、驚くほど軽かった。
いつもは冷静で、隙がなくて、誰よりも自分を律している彼女。
そんな彼女が今、腕の中でぐったりとしている。
ホークスは唇を噛んだ。
「ほんと、心配ばっかりかけよってからに…!」
その声には、怒りよりも、どうしようもない不安が滲んでいた。
赤い翼が、夜空へと広がる。
ホークスは彼女を抱えたまま、路地裏から飛び立った。
地面には、彼女が使った注射器だけが残されていた。
その小さな容器が、彼女の支払った代償の大きさを物語っていた。