第6章 保須市襲撃事件
ヒーローという肩書きを持ちながら、守るべき人々を危険にさらす側へと回った人間。
彼女は男から目を離さなかった。
「……最低ね」
吐き捨てるような声は、風に消えた。
けれど、彼女の表情に怒りは浮かんでいなかった。
あるのは、冷静な判断だけ。
任務対象を確認。
周囲の状況を把握。
そして、行動に移る。
彼女は進路を変え、近くの建物の屋上へと降り立った。
靴底が屋上の床に触れる。
風の流れが静まり、彼女の身体がゆっくりと安定した。
すぐさま黒いケースを開く。
中に収められていたのは、使い慣れたライフルだった。
その重みを手に感じた瞬間、彼女の意識が切り替わる。
今、彼女は公安の人間だった。
かつての自分に戻るのではない。
ずっとそこにあった一面を、再び表に出すだけだ。
彼女は静かに息を吐いた。
頭の中から余計な思考を追い出す。
ターゲットは、依然としてビルの陰にいる。
街の混乱は続いている。
遠くから、また何かが爆発する音が響いた。
彼らが命懸けで守ろうとしている街のどこかで、飯田が戦っている。
――嫌な予感がする。
先ほどから胸の奥に残っていた感覚が、消えない。
だが、今は任務を優先する。
彼女は再びターゲットへ意識を戻した。
照準を定めて、引き金に指をかける。
一瞬、時間が止まったように感じられた。
彼女の表情から、感情らしいものが消えていく。
そして、引き金を引いた。
乾いた銃声が、夜の喧騒に紛れて響いた。
引き金を引いた瞬間、乾いた銃声が夜の喧騒に溶け込んだ。
ビルの陰にいた男の身体が、ぐらりと傾く。
男は何が起きたのか理解できないといった顔で、自分の身体を見下ろした。口元に浮かんでいた笑みが消え、驚愕がその顔を覆う。
やがて、男は膝から崩れ落ちた。
彼女はライフルを下ろさず、しばらく男の様子を見つめていた。
ターゲットの無力化を確認。
その表情に、達成感も、安堵もない。
ただ、任務が一つ終わったという事実だけがあった。
――対象を排除せよ。
公安から届いた指令が、脳裏に蘇る。