第6章 保須市襲撃事件
保須市上空。
夜風を操りながら街を見下ろしていたおもちは、ふと眉をひそめた。
「……何か、おかしい」
街の様子が、明らかに普段と違う。
遠くから聞こえるサイレン。立ち上る煙。逃げ惑う人々の声。建物の合間を縫うように走るパトカーと救急車。
そして、街の至るところから伝わってくる、異様なまでの騒々しさ。
事件が起きている。
それも、一つや二つではない。
彼女は上空で進路を変え、街全体を見渡した。
「……脳無?」
視界の先に、見覚えのある異形の姿があった。
USJ襲撃事件で出現した、人間離れした肉体を持つ怪物。しかも、一体ではない。
複数の脳無が街中で暴れ回り、プロヒーローたちが対応に追われていた。
そのうちの一体に、老練なヒーローが立ち向かっている。
グラントリノ。
そして、炎を操る男が別の脳無を相手にしていた。
エンデヴァーだ。
二人の姿を確認した彼女は、すぐに視線を移した。
上空を横切る、異様な影。
翼を持つ脳無の集団が、夜空を飛び回っている。
その下では、複数のプロヒーローたちが連携し、逃げ遅れた市民を守りながら応戦していた。空から襲いかかる異形の群れに、地上のヒーローたちも対応を迫られている。
「……厄介ね」
彼女は状況を頭の中で整理した。
街の複数箇所で脳無が暴れている。ヒーローたちはそれぞれの現場に分散し、市民の避難と敵の制圧に追われている。
明らかに、自然発生した混乱ではない。
誰かが、この状況を利用している。
そして、彼女の視線が、ある路地へと向いた。
ビルとビルの隙間。
騒動から少し離れた場所に、周囲の様子を窺う一人の男がいた。
プロヒーローの姿をしている。
だが、その立ち居振る舞いは、少なくとも市民を守ろうとする者のものではなかった。
男は、暴れ回る脳無と、対応に追われるヒーローたちを眺めていた。
口元を、歪め、愉快でたまらないとでも言うように。
「……そういうこと」
彼女の瞳から、わずかな温度が消えた。
ターゲット。ヴィラン側に情報を流し、彼らと内通していたプロヒーロー。
今回の任務で排除を命じられた人物だった。
こんな地獄絵図のような状況で。
市民が逃げ惑い、ヒーローたちが命懸けで戦っている、そのすぐそばで。
この男は笑っている。