第6章 保須市襲撃事件
――レディ・ナガン。
公安にいた頃、自分に銃の扱いを教えた先輩。
射撃の技術だけではない。
相手を見極めること。
任務に必要なものと、必要ではないものを区別すること。
引き金を引くという行為の重さを、決して忘れないこと。
あの人と過ごした任務の日々は、決して穏やかなものではなかった。
それでも、彼女にとっては確かな時間だった。
「……懐かしいな」
思わず漏れた言葉に、ホワイトクレインが眉を上げる。
「何がだ?」
「昔を、少し思い出しただけです」
「レディ・ナガンか」
彼女は一瞬、目を上げた。
「……はい」
ホワイトクレインは、それ以上追及しなかった。
彼女がどんな時間を過ごしてきたのか、すべてを知っているわけではない。
けれど、彼女の射撃技術が並大抵のものではないことも、それを誰から学んだのかも、知っていた。
「……あの人仕込みなら、腕は疑わねぇよ」
「ありがとうございます」
「だからこそ、無茶をするなって言ってんだ。技術があることと、無傷で帰ってこられることは別だからな」
「分かっています」
「だから、その返事が信用ならねぇんだって」
彼女は、ほんの少しだけ笑った。
そして、何かを思い出したように顔を上げる。
「あ、忘れてた」
「……何をだ?」
彼女は小さなバッグから、折りたたまれたウィッグを取り出した。
金髪のボブ。
自然な毛流れで、肩にかからない程度の長さに整えられている。
それを手早く装着し、鏡の前で形を整えた。
黒い衣装に、金色の髪。
髪型が変わるだけで、顔立ちの印象は大きく変わる。
体育祭の中継で、彼女の顔はすでに広く知られていた。
雄英一年A組の、あの美しい女子生徒。
そのままの姿で街を歩けば、気づかれる可能性は十分にある。
「……これでよし」
彼女が振り返る。
ホワイトクレインは、しばらく言葉を失っていた。
「……誰かわからねぇな」
「変装も仕事のうちですから」
彼女は淡々と答えた。