第6章 保須市襲撃事件
「お前は、都内だったな」
「はい、白鷺ヒーロー事務所へ向かいます。その後は、予定通りです」
彼女の声は平坦だった。
相澤の目がわずかに細くなる。
「……そうか」
短い沈黙。
彼は、彼女が何をしようとしているのか、おおよその見当をつけていた。
公安が彼女を呼び戻した理由。
職業体験という期間を利用して、表の活動から彼女を切り離した理由。
そのすべてを知っているわけではない。
それでも、彼女がこれから向かう場所が、ヒーローとして学びを得るためだけの場所ではないことは分かっていた。
「お前が背負ってるものも、これから何をするのかも……大体は分かってる」
彼女は黙って聞いていた。
「だがな」
相澤は、少しだけ声を強めた。
「自分のことまで、任務の道具みたいに扱うな」
彼女の瞳が、ほんのわずかに揺れた。
ほんの一瞬、相澤でなければ、見逃してしまうほどの変化だった。
「……私は、道具ではありません」
「なら、そういう顔をするな」
彼女は返事をしなかった。
道具だと思っているわけではない。
自分が何をしているのかも、分かっている。
今回の対象は、ヴィランと通じているプロヒーロー。
その人間が情報を流し続ければ、いつか誰かが傷つくかもしれない。
ならば、排除する。
公安はそう判断し、彼女に命じた。
彼女はその命令を遂行する。
それだけのことだった。
少なくとも、そう考えることで、迷わずにいられた。
「……仕事ですから」
彼女は静かに答えた。
いつもの、綺麗に作られた笑顔はなかった。
かといって、任務中に見せる冷淡な表情とも違う。
感情を押し殺そうとしているのではない。
感情そのものを、今は必要としていないような顔だった。
相澤は、その表情を見て眉を寄せた。
「仕事なら、何をしてもいいわけじゃない」
「分かっています」
「本当にか?」
彼女は答えなかった。
答えられなかったのかもしれない。
相澤は、深く息を吐いた。
「……無事に戻れ」
それは命令ではなく、教師として、生徒に向ける言葉だった。
彼女は少しだけ目を見開く。
そして、わずかに頭を下げた。
「行ってきます、先生」
「ああ」
彼女は歩き出した。
振り返らない。
その背中は、先ほど飯田が歩いていった姿とよく似ていた。