第4章 雄英体育祭編
本人に聞かれたら、きっと怒るだろう。
だから、この言葉は胸の内にしまっておく。
彼女はジャージにそっと目を落とし、口元を緩めた。
いつか、話せる日が来るだろうか。
自分が何を抱えているのか。
なぜ、あの注射が必要だったのか。
そして、どうして誰にも触れられたくなかったのか。
今はまだ、話せない。
それでも、何も聞かずに待ってくれる人がいる。
そのことが、思っていた以上に嬉しかった。
***
与えられた二日間の休日。
彼女はマンションの一室で、洗濯を終えたばかりの青色のジャージを丁寧に畳んでいた。
「……これでよし、と」
爆豪勝己から借りた上着。返すとき、彼はどんな顔をするだろうか。
そんなことを考えて、彼女は小さく笑った。
それから身支度を始める。
淡い水色のワンピースに袖を通し、髪を整える。化粧は薄く、上品に。普段の制服姿とは違う、年相応の柔らかな雰囲気が鏡の中に映っていた。
鞄を手に取り、玄関を出る。
向かった先は、街の喧騒から離れた墓地だった。
花屋で買った花束を手に、静かな墓前へと歩いていく。
そこに眠っているのは、彼女の両親だった。
「……久しぶり」
墓前に花を供え、静かに手を合わせる。
中学生になる頃、両親は交通事故でこの世を去った。
あの日から、彼女の人生は大きく変わった。
守ってくれる人を失い、自分の足で立つしかなくなった少女。
そして今、雄英高校に潜入する公安の人間として生きる自分。
「私、ちゃんとやれてるかな」
返事はない。
それでも、ここへ来ると、ほんの少しだけ肩の力が抜ける気がした。
「……相変わらず、真面目だね」
背後から、聞き慣れた声がした。
彼女は振り返る。
そこに立っていたのは、細身の男だった。
「叔父さん」
オールマイト。
普段の威厳ある姿とは違う、痩せた身体に落ち着いた服装。彼は彼女の隣に立つと、墓前へ静かに目を向けた。
「私も挨拶させてもらおう」
二人はしばらく、何も言わずに手を合わせた。
やがて墓参りを終えると、オールマイトが彼女を行きつけの喫茶店へと誘った。